チトラ次男と店をやる | チトラのブログ

チトラのブログ

◆ 母の肺の腺がん ◆ 大きさステージⅣa 転移ステージⅡ 1010年9月28日判ったです ◆
肺の腺がん2020年9月16日に確定、2020年10月19日から初めての抗がん剤治療入院~翌月11月5日17時19分天国へ★あまりに急変で、置いて逝かれちゃった

私は、自由の身になって、暫らく落ち着いてから、実家に帰り、家でやっている、3件の店の手伝いをしていた、この時やっていた店は、飲食店とバーと喫茶店です、喫茶店だけ新橋で次男にやらせていましたが、次男は、お袋がそばに、いないのを、いい事に、朝から晩まで競馬に明け暮れていた、店の近くには、スポーツ新聞社が有り、ほとんどのお客様が、新聞記者とか競馬記者、芸能関係の人でした、始め内は、お袋も、次男に店を任していましたが、段々だらしなくなって、お袋のゆう事も、聞かなくなり、お袋は、次男を指導する為に、ちょこちょこ新橋の店まで行き、見かねて店の掃除をしたり、お客様に対する、口の言い方の悪さ、態度の悪さを、怒って注意して、次男と喧嘩になる事が毎回だった、お袋も、どうしょうもない親父と私を抱えて、いる上に、次男までもが、こんな有様だったので、このままに、していては、次男の為にもよくないとゆうことで、新橋の店を閉めて、家の近くに私と次男が出来るバーを出してくれました、この当時の町では、一番大きな店でした。店は、繁盛しましたが、ホステスさんが、次から次ぎえと、お店に来ているお客様と結婚したり、良い所に後妻に迎えられたりと続き私は、お袋に、このお店は、女性を幸せにする為にやったようなもんだねと、よくお袋と話している時に、事件が起きました、お客様どうしで、喧嘩になり、直ぐおさまり、片方の喧嘩相手が帰ったので、あー良かったと、思っていたら、その喧嘩相手が、店に飛び込んでくるなり、止める間も無く、あっとゆうまに、何回も包丁で刺して脱兎のごとく逃げ去ってしまた、直ぐ警察に連絡しましたが、警察が来る間刺された人が、急にもの凄い、大きな高いびきをかいたので、あーこの人は、もう死ぬんだなと、思っていました、後日この事件の話を聞いたところ、刺された、回数は、二十数ヶ所で、刺した方も、刺された方も、前科二十何犯と、十何犯の流れ者と聞いて、驚きました。そしてあれだけ、刺されたのに、生きていたとゆうことです。