あるとき、珍しく、親父が、私に声を掛けてきた、チトラ面白い所につれってやるといって、連れて行かれた所は、それは、やくざ一家の博打場だった、入り口には、やくざもんと、当時アメリカ兵に身を売って生活している、女性を、人は、パンパンと呼んでいた、そゆう人たちが多久さんたむろしている所をとうて、博打場に入ると、雰囲気はガラッと変わり、刺青丸出しのやくざと見た事のある町の旦那衆や恐ろしそうな人たちが博打をしていた、当時はヒロポンとゆう麻薬が、流行っていて博打場でヒロポンを打ちながらやっている人たちもいた、私は其のすごい場面を見て驚いて緊張していると、親父がやくざにどなられた、がきを連れてくるところじやーねー置いて来いと怒鳴られ、親父は、ビビリ私にうちに帰えれと怒鳴たので私は一人で家にかえり、遊んで入ると、親父が人形を一つ持ってかえてきた。親父は何にも言わず黙って、私に、人形をくれ、チトラ、旨いものを食わしてやるとゆって、今度は近くにある、朝鮮部落の人がやって居る店に連れて行かれた、そして、親父が取ってくれたのは、焼かれた豚の足だった、親父に豚の足だっと聞くまでは、なんだか解からず気味悪がっている私に、親父は、これは、うまいんだぞー早く、くえと言いながら親父が、余りにもおいしそうに食べているのを見て、私も、おそる、おそる、食べてみて、驚いた、思わず大声で、うまいーと、叫んでしまいました。其のときのタレは、ただのシヨオユウと、とうがらしだけのものでしたが、最高に美味しかった。私は、今でもよく食べています。そしてこの店では、お客さんが、ヨッパラてくると,みんなで、アリラン、とか、トラジ、を歌て、踊り本当に面白い店だった、でも、私は、親父の酒癖の悪さを知っているので、先に一人で帰った。親父は、酔っ払うと良く、この歌を歌い、踊っていたので、私もいつの間にか、覚えよく口づさむときがあります。そして、ある日の事、大変な事が起きた、そのひは、雨で、兄弟たちと家の中で遊んでいるときに、兄貴が新聞紙に包まれたものを見つけて、それを、畳の上でしろげた、とたん私も兄貴たちも、はっとして、互いの目を見合いつつ広げられた包みみに、目をやり、はいって居るものを、畳の上にしろげた。それは、男女がセックスしている写真だった、私たち兄弟は互いに、息を殺してじっと見ていた、其のとき、お、お、おー前たち、何をしているんだ、と、どならられた方を見るとお袋だった、お袋は怖い形相で、私たち、兄弟を、拳骨で殴りつづけた。
この出来事は、教育熱心だった、おふくろには、すごいショックをうけたとおもいます。