
25年前のヘブンアーティストの試験で、審査員が下町で活動することを条件に合格となった。

だが後継者は誰もいない、
今しかない!こんな思いで
特別講座を開いた。

まず万年筆、泣き売、泥万の道具を全て引っ張り出し、点検を始める。

泥万は、泥と灰に入った万年筆を出し布でふき、ペン先のインクも固まってるので、水洗いした。

そして後継者に渡す万年筆を選別し、ケースに入れる。

三種類の道具を右側、真ん中、左側と並べ口上の稽古を始める。
泣き売から泥万に移る時、
衣装を変え、顔に墨を塗る。
(昔、渋谷のジヤンジヤンでイッセー尾形の1人芝居を見た時、彼が舞台横でやってたのがヒントになった)

2日前から自分の声を録音し
聞いてみて、まあなんとかいけるかなあ⁉️と思い当日の朝も
もう一度稽古した。
さて本番を迎えた。
泣き売から泥万に移る時、
衣装の着替えを忘れ、
その時昭和を象徴する大切な台詞も言い忘れてしまった。
大道芸は客とやり取りしたり、何か咄嗟のギャグとか入れたり
すると、肝心の台詞が吹っ飛ぶことがある。
でもこれが大道芸なんだ!
台本通りには決していかない❗️
私の満足度は70%

だが私より遥かに若い男性と
20代の女性が、継承すると万年筆道具を受けとってくれた!

そして一番の感激は、
今日見学に来て即入会を決めた
見世物小屋口上に興味をもった
お嬢さん、ななななんと!

泣き売の泣き役をかって演じてくれたこと❗️
そして3月には技能検定会があるが、その後 4名の方がエントリーしてくれた!
私の拙ない芸が火付け役となり多少役だったかも?

下記は私の万年筆デビュー当時の写真

あの当時でも結構集まっていた
万年筆なんて、時代錯誤で見栄えはしないが、何かやり方を変えれば、結構生き残るかも?
「万年筆は何をやってもいいんです」
「万年筆にこだわらなくていいのよ」
当時の指導者が言った言葉が
今甦ってきた。
具体的なことは一切教えてくれなかった指導者が、万年筆に何を求めていたか、今なんとなく
わかってきた、、、、、。
当時の弟子(私)を追い詰め、暗中模索の中で、何かをつかみとらせたかったのだろう。
そうだ!今年もう一度、
谷中で万年筆をやってみよう!
サクラを使って❗️
なんか無性にやってみたくなってきた。