昨夜、子どもに協力してもらいハンドベルを演奏してみた。
担当の楽譜を手渡し、印のついている部分が担当の音だから、それを鳴らすだけの単純作業だ。
音楽は得意ではないと言う長男には、一番出番の少ない楽譜。
芸能人になりたい、歌手になりたい願望の強い長女には、二番目に出番の少ない楽譜。
誰もが知っている歌だし、簡単で短い曲だからとやらせてみたものの
あまりの酷さに驚愕した。
てか、長女に音楽の才能が全く感じられず、音階まで書いてあるのに何ですかそれは・・・。
ええ?? ええ??と誤魔化すばかりでいっこうにすすまず、結局長女は不貞腐れ辞退したが
才能なさすぎ!!と言う長男の言葉がよほど応えたのかもしれない。
でも、本当に才能なくて驚いた。
歌手になりたいと言ってるわりには、全く弾けないなんて情けない。
歌手になりたいなら音楽だって好きだろうし、正直音階を書いてなくても音符ぐらいは読めるだろうと
思ったけど、音符もまともに読めないようだ。 何しに学校行ってるんだよ。
ふと思った・・・。
私は小学校高学年の時点で音符を読めていた記憶がある。 楽器をやっているのに音階読めないのは
致命的でもあるし、音楽の授業でもリコーダーは必須だから中学に入ってからでも当たり前のように
やっていた記憶があるのだが、あれ・・・・・あれれれれ・・・・。
そう言えば、長女もそうだが、長男の時も中学生でリコーダーは買ってないかも。
今の義務教育ってアルトリコーダーは必須じゃないの?
鍵盤ハーモニカを学校に持って行っていた記憶はあるけど、アルトリコーダーは買ってない。
てか、音階を読めるのが当たり前だと思っていたけど、もしかして音階読める人って少ないの?
これはゆとりの影響? よく分からなくなってきた。
そりゃそうと、この前ネットでゆとりの境の一覧表とか言うのを拝見した。
どれどれ・・・と思って見て見たら、自分の生まれ年は入っていなかった。
年老いたババアは一覧表の中にも入らない程、ゆとりとは無縁な時代だったんだなと思った反面
若者からつまはじきされているような気分にもなり、ちょっと淋しく感じてしまった。
また、最近では、〇〇占いなんかのサイトで、生年月日を入れる欄に生まれ年がない事も増えてきた。
ババアには占いなんか必要ねーだろ! と、改めて自分がババアであることを思い知らされるのであった。
ええい、もうちょっと年寄りを敬え!!と心の中で呟きつつ、頭の中に浮かぶのは・・・・
ええいええいええい!この桜吹雪が目にはいらねーのかー! 遠山の金さんだったりする。
そんなに年老いてる気はしないのだけど、時代はそれを感じさせてくれるわね。
はぁ・・・・さみしくなるなぁ。