好きはいくらあってもいいよね。


という話です。


羽生結弦選手のスケートから伝わってくるもののうちの一つが、そのプログラムへの強い思いなんです〜


音楽への、振り付けへの、入れるエレメンツへの思い入れはもちろんのこと、そのプログラムの背景とかディテールへの「好き❤️」も込められているのが、めっちゃいいんですよね。


当然これまでのどのプログラムにも思い入れはあると思うんですけど、それをどのくらい表現できていたか?は、年齢とか状況とか試合結果などにもよったでしょうね。


プロローグのときに、リクエストコーナーで見せてくださっていたのは、かなり前のプログラムが多かったのではないでしょうか。


私はあれは、試合で使っていた当時よりももっと、プログラムのコンセプトを深く理解して表現できる、もちろん技術的な向上に伴ってできることも増えているけど、それ以上に表現面で見てもらいたかったのかな?と感じました。


…………


昔読んだ漫画で、「姑が義姉の子ばかり可愛がって、自分の子は可愛がってくれない」という悩みにヒロインがアドバイスするシーンがあったんです。


「そのお義姉さんの子をあなたも可愛がるように」というものだったんですが、当時の私にはそれが何故効くのかわからなかったんですよね。


今ならわかります。


「自分にとって大切な相手を大切に思ってくれる人」に対しては、あまり酷いことはできないんですよね。


大切な相手の「味方」は一人でも多いほうがいいし、その味方を減らすことを自分がするわけにはいかない…


そう思いますもの。


…………


羽生くんに対して、低く評価したり、ネガティブなイメージをなすりつけようとした人たちは、「私にとって大切な方の味方ではない」んですよね。


そうすると、困っていようが評判が落ちようが「自業自得やムキー」と思うだけです。


わざわざこちらから何かしようとは思わないけど、勝手に因果応報で落ちぶれていくのを助けようとはしないわけで。


一方で、羽生くんとの(良い)関わりを大事にしてきたどなたかに対しては、「羽生くんの味方でいてくれてありがとう」という気持ちがありますから。


何かあれば、良いことなら共に喜ぶし、悪質な印象操作には負けないでいて欲しいと応援しますよね。


何か、以前、ありましたよね〜


星野源さんとか、清塚信也さんとか、でっち上げられた記事…


羽生くんの味方にまでメディアハラスメント?と、思いましたわーキョロキョロ


…………


羽生くんを低く評価していたところは、

羽生くんの影響の恩恵を受けられないんです。


本来なら(特に日本の)フィギュアスケート界は、

羽生結弦選手という稀代のメガスターを

単独アイスショー、アイスストーリーで

世界に配信される「日本が誇る新たな総合芸術」の開拓者として、

これが我々のトップだ‼️と

大声で喧伝できたのに。


もったいないことしましたね…


羽生結弦選手という「技術、表現、カリスマ性、ビジュアル、頭脳、誠実さを備えた完璧なお手本」を高く掲げていたら良かったのに。


何だか違う方向に行ってしまったら、正当な技術とか失われてしまいますよ?


妙〜なプライドとか派閥争いに気を取られるのはやめて、さっさと

世界最高の

羽生結弦選手のスケート

を大切にしようと思って欲しいですね。


何も、今のアマチュアの選手たちや、これまで担いできた神輿を放り出さなくてもいいんです。


好きは、

大切は、

いくら増えてもいいんですから。


羽生くんの「好きが詰め込まれた大切なプログラム」はいくつでも増えてくれたら嬉しいのと一緒で。


どこぞのあいえすゆうだのすけれんにとっての「大切な方」も減らさなくていい、


羽生くんをもっと大切にしてくれたら…


読んでくださってありがとうございました。





まあ、今さらやね。

けど、メディアはそろそろ方向転換しそうやし?

そりゃ、真っ当なほうに味方するほうが、気分良くお仕事もできるていうもん?(^◇^;)