これはフィクションです。


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闇の中で蠢くモノたちは何を望んでいたのだろうか。


最初はごく些細なことだったのではないだろうか。


氷上で踊れる人は限られている。


氷上で回転や跳躍ができる人はさらに限られている。


しかもその性別は圧倒的に片方が多い。


ならばその、少ないほうでならば、望む高さに到達できるのではないかと思ってもおかしくはない。


応援に後押しされ、審査する顔触れも好意的で、報道も賞賛を伝えてくれた。


ならばあとは、追い抜くような相手が出て来なければいいのだ。


そのモノたちが担ぎ上げたお山の大将は、自分以外の誰かがその位置を越していくことを恐れた。


応援する人たちもその思いに同調し、やがて暗い思いに突き動かされるモノになってゆく。


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国内では特に、応援の後押しと審査員の好意的判定により、そのモノたちの望みは叶っていくかのように見えた。


脅かす強敵は、不運や過密日程などで脱落していった。


敵になどならないと恭順の意を示す人物も出てきた。


これで盤石と安心しかけたときに…


「彼」が出現した。


彼はそのしなやかな身体から美しい技を繰り出す。


それでもまだ幼く、それほどの脅威とは思えなかった。


まして、国の根幹を揺るがすほどの災害に見舞われ、拠点も定まらない境遇になったからには。


だが、彼はその逆境に真正面から立ち向かい、手負の身でありながら世界にその氷上舞を見せ、会場を熱狂させた。


美しさだけではない。強さだけでもない。迸る情熱がその場を支配していく。


「世界を震わす十七歳」


彼は舞が終わったとき強く手を振り上げ、次の瞬間にはまだ幼さの残るその容貌に、緊張が切れたような涙を堪える表情を浮かべた。


これは敵わない。


誰もがそう感じたのではないだろうか。


だが、あのモノたちは、担ぎ上げたみこしを越させないために、彼を追い落とそうとし続けた。


彼が勝利すると罵倒して、彼の被災もなかったと捏造して、彼の怪我まで揶揄して、とことん追い詰めようとしたのだ。


彼への批判があるように喧伝して、彼への高い評価をなかったものにして、彼への嫉妬から悪く言い立てる輩が増えるように煽り立てた。


それでも彼は、四年に一度の祭典で連覇して、被災地を支援して、氷上舞の名手として世界から見たいと望まれている。


弛まぬ鍛錬と、得た知識で広げた表現とで、同志を増やしてその氷上舞を世界に見てもらい、後世に残る映像を紡ぎ出してゆく。


彼が成し遂げたことは、これまでの氷上舞では考えられなかったくらいの芸術として、天に奉納されていく。


そこはもう、他者を貶めて追い越させまいとするようなモノでは届かない高みだ。


だが、それでもまだそのモノたちは暗闇で蠢いている。


彼はその闇をさえ照らすように、あたたかい光を向けていく。


その輝きがどこまで増したときに、その光は届くのだろうか。


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これはフィクションです。


読んでくださってありがとうございました。