最近、あまり以前ほどには読書しなくなりましたけど、それなりに好きな小説のシリーズとかはあります。
このところ、これは羽生くんも読んだのではないかな?とか。
この作家さんは羽生くんのファンなのでは?などと思ってしまうあたり…
そちらにも推し活が影響しているんですね。(⌒-⌒; )
まあ、別に好きな作家さんがお仲間でなくても構わないのですが。
あんちだとしたら、ドン引きしますね。
…………
それでもここ数年は、好きな作家さんだからといって何でもかんでも読もうとはしなくなりました。
一番好きなシリーズと他の作品とは読みたいという熱量も違いますし、まして、ジャンルが異なれば自分の反応も変わってきますから。
ただ、さまざまなジャンルの作品を書いている作家さんたちは、その才能が固定されてないのかな?と思いますし。
さらに、執筆以外の分野でも才能を発揮している方たちもおられるでしょうから。
一つの世界でその立場を確立するだけでも大変なことなのに、マルチに才能を発揮できる方たちはどういうふうにできているんでしょうね?
栗本薫さんは、多作な小説家さんでしたが、音楽や舞台にも携わってました。
レオナルド・ダ・ビンチさんは色々な方面での才能をお持ちでしたし。
三国志では悪役?の曹操さんも、多才な方だったようですね。
さて、羽生くんの才能の振り幅はどこまで?
(⌒-⌒; )
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最近読んだ小説の中で、自分をよく知ることが大切だということが書いてありました。
自分を偽ったままでは、うまくいかないことが多いのだとか。
でも、自分を知るといっても、そこが一番難しかったりするんですよね。
自分は何のために生まれてきたのか、なんて…人類の永遠のテーマかも。
けど、自分が何を望む存在なのか?は、少しずつでもわかるような気がします。
並んでいるスイーツの中でどれが一番欲しいか?と選ぶのと同じで。
自分が好きなもの、嫌いなもの、したいこと、したくないこと、何かを知ったときにどう思うのか、何かを選択しないといけないときにどう考えるのか…
ちょっとずつわかってきたかな?という部分もあります。
私は…「みんなで幸せになることを望む人」です。
そしてその分、「人の幸せを邪魔する人を嫌う」んですね。
まして、権力を濫用して多くの方々に災いをもたらすのは言語道断‼️💢と思っています。
何をもって悪人というのか、それは時代や国、宗教や法律によって違うかもしれませんが、私にとっては…「他者を不幸にするのが悪人」です。
まあ、どうしても仕方ないときはあるでしょうけどね。
スポーツの勝敗、受験の合否、これで勝者を悪人というわけじゃありませんから。
まして、恋愛などだと、多数の方たちが憧れている相手にも意中の方がいる場合とか…
羽生くんがどなたかと幸せになるなら嬉しいと思うファンは多いでしょうけど、羽生くんに恋焦がれている方たちにまでそう思って欲しいとはさすがに言えない気がする…
羽生くんが、ご自身の勝利を他の選手にとっての敗北になる、というような発言をなさったこともありましたし。
それでもアスリートである以上、試合に出るからには勝利への渇望は、手放して良いものではなかったのでしょうね。
ですが、羽生くんがプロ転向してからのさまざまな活動や、解き放たれたような表現を見ると、何となく…読んでいた小説の中の言葉が重なる気がするんですよね。
自分をよく知ることが大事なのだと。
羽生くんは、歪んだ採点で苦しめられることにも、自国の組織から邪魔者扱いされることにも、その至宝のようなスケートに難癖つけようと待ち構えているジャッジにも、本当はもっと憤りをあらわにしてもおかしくなかったはずです。
でも、そうしなかった。
そこにどれだけの葛藤があったのかを窺い知ることはできないけど、留まり続けるのはもう限界だったのかもしれないと感じました。
今の羽生結弦選手は、世界最強のアスリートでありながら、世界最高の芸術家です。
そのスケートの価値を低く評価してやろうと待ち構えるジャッジではなく、見たいと望む数多のファンに披露してくださるんです。
待ち侘びていた喝采と賞賛に包まれることがふさわしい「羽生結弦のスケート」が、本来の形になったのだと思いました。
まさしく、水を得た魚のよう、氷を得た羽生結弦❣️ですね。
読んでくださってありがとうございました。
そして自分の慧眼ぶりも褒めておこう…
私はみんなで幸せになりたいと望んでいる…
推しは、そのスケートで多くの方たちを幸せにしている…
これほど多方面に幸せを届けられる方だなんて、ファンになったときにはまだわかってなかったのに…
それとも見抜いてたのかな…
偉いぞ、私❣️