大丈夫、大丈夫…あなたの味方です…
一人と独りの物語…
この言葉から受けたストレートな印象は…
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私たちファンが現在の羽生結弦選手に感じるものは、孤高の天才というほうが多いのかもしれませんが。
羽生くんご本人にとっては、孤独だったのかもしれないなと思いました。
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ノッテステラータでの羽生くんの「13回忌の追悼」に関わる苦悩や葛藤に向き合う前に、GIFTで感じた「孤独」について考えたことを書いておきます。
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まず、孤独って…
いけないことなのでしょうか?
もし、私が40〜50年前にタイムスリップして、過去の自分に何か一つだけアドバイスできるとしたら…
「仲間はずれにされたら、されたままで過ごしてもいい」と言いたいんですよね。
教育の現場では今どのようにされているのかわかりませんが、私は、友人関係というものに常にストレスを感じていました。
それはきっと「仲良くする」という呪縛があったから受けた、仲間はずれにされることへの恐怖感がつきまとっていたからなのでしょうね。
クラスの中で班わけをするときに、席替えをするときに、先生から「好きなもん同士」という言葉が出てくるたびに、その恐怖は高まりました。
誰かと仲良くすることはとてもいいことだと思うし、そういう相手と同じクラスになれたなら嬉しい。
けれど、たまたまクラス内に気の合う人がいないということもありますよね。
あるいは、自分がいるグループの人数という問題もあります。いつも3人でかたまって行動しているときに、2人ずつ組んでと言われたとき。
私、先に自分が「○○ちゃんと組みたい」と言えない性格だったんです。
私がそれを言ってしまうと、○○ちゃんと組みたいと思っているもう1人を除け者にしちゃうかもしれないとか、考えてしまうもので…
5人の仲良しグループにいたときの、「4人までのグループ分け」とかも、自分からははずれることもできず、先に仲間だと主張して他の誰かをはずすこともできず、動けなくなったりしました。
まして、気の合う友人がクラス外にしかいなかったときなんかだと、もう…
別に仲良くしてくれなくていいから、班活動だけ入れておいて?という感じでした。
まあ、わかるんですけどね。
私、つきあいがあまり良くなかったので。
授業中の私語とか、誰かの悪口とか、禁止されていることをするとか、誘われてもやりませんでしたし。
一緒にトイレに行くのさえ億劫でしたから。
ただ、それで仲間はずれになってしまっても構わないとまでは割り切れない、中途半端な態度で過ごしていた気がします。
だから、あの頃の自分に言えるのなら…
「無理に誰かと一緒にいなくてもいい、1人でいるほうが気楽に過ごせる(と思うくらいにクラス内に気の合う人がいない)ときは、孤独を楽しむ経験をしてみよう」→大丈夫、大丈夫…私は(読書が好きだったし)気の合わない人たちと無理につきあうよりも、1人で楽しく過ごせるからね。
「それでも構わないんだ‼️???」
と思うだけで、思春期の自分はどれだけ楽になれただろうなと。
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羽生くんが感じてきた孤独は、そんな、一般的なものとは全く違うものだと思います。
一方で、誰もが感じるであろう「1人きりだというのは怖い」という感覚もあるのではないかな?と。
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「仲間はずれ」を「ぼっち」と言う人が、自分をそのように思われたくないから、便所飯食べていたとか発言していたことがありました。
その人に気を遣ってなのか、ソチオリンピックの閉会式のときに、フィギュアスケートの日本代表選手たちはその人を囲んでいて、羽生くんはその中には入っていませんでした。
それは、その人の「仲間に囲まれた自分」と「ぼっちの羽生結弦」アピールにしか思えなくて、その人への嫌悪感が募りました。
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羽生くんは、ぼっちどころか…
ずっとずっと、孤高の天才だったのだと思います。
誰1人として、その同じ高みを目指してくれる選手がいなかったのだから。
ジャンプの難易度と、完成度と、前後の工夫と、スピンの多彩さと、スケートの自由自在さと、音楽へのこだわりと…
羽生くんは全てがトップレベルでした。
特に、「前後まで工夫して跳ぶ高難度ジャンプの高さと飛距離」は追随する選手は皆無だったのではないでしょうか。
そしてその部分は本来なら、得点の差に最も重要な影響を与えるものであったはずなんですよね。
まあ、それを言うなら、表現力だって「スケート界以外からも納得してもらえる」くらいに点数として正しく評価できるものであったら、助走とジャンプばかりのスケーターさんよりももっとPCSで上回ったはずという選手たちは思い浮かぶんですけどね。
TESもPCSも恣意的採点の横行で歪められて、甘い評価をされている選手たちはその甘さに慣れてしまって向上心を失い、辛い評価をされている選手たちはその辛さに萎縮してしまうという現象が続いたので…
どう採点されようと、目指す高みに届くようにと努力を重ねてきた羽生くんは、誰1人同じ高みを目指している選手を見つけることができなかったのかもしれませんね。
届かないことがわかって諦めたのではない、最初から「そこまでしなくても得点と順位はもらえるから」という態度の選手たちには、尋ねてみたいものです。
あの孤高の天才に少しでも近づきたいと、本気で努力する気はなかったのか?と。
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遥かな高みを目指している方は、スケート界以外にならこの同じ国にいてくださったんですよね。
オリンピック2連覇同盟でコラボしてくださって良かった。
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プロローグやGIFTについて、あんちが「ぼっちのアイスショー」とか言っていたことがあった気がします。
いやー、だって、世界一
美しくて
カッコよくて
素敵な
羽生結弦選手が
最も素晴らしい
スケートを
見せてくれることに慣れているファンの目を満足させられるスケーターさんって、羽生くんご本人以外いませんもの〜
しょうがないでしょー?![]()
あとねー、やっぱりねー、群れたがって、自分は囲まれてますアピールしてた誰かさんのファンが、あんちの中にいるからそういう言葉が出てくるんやー
というあたりでしょうか。![]()
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羽生くんのような孤高でなくても、誰しも孤独を感じることはあるでしょう。
また、それが嫌で迎合して群れることも。
でも、世界で最も孤高の位置から「大丈夫、大丈夫」と言ってくれる方がいるのなら、それだけで頑張れる気がします。
少なくとも、悪い方向に引っ張ろうとする人と群れるよりは、1人で楽しく過ごすほうがいいと思うので。
とか言っておきながら、こんなしょうもない話を(羽生くんの美麗なビジュアルも出さずに)書いているのに、読んで、フォローして、いいね!してくださる方たちとのご縁は大切にしたいと思うんです〜
だからどうか、私を悪い方向に引っ張ろうとするなら、「たくさん食べても大丈夫やでー」くらいまでにしといてください…
きっと私、その誘惑にはすぐに負けます。
ああ、ほんまに、羽生くんの幸せよりも、削らないといけないのは私の体脂肪〜
読んでくださってありがとうございました。