さあ、盛大に後出しジャンケンしますよ〜
ワリエワ選手のことを最初に知ったとき、もうその異名はついてました。
「絶望」ワリエワ…と。
びっくりしましたよ、これ。
誰がつけたんですか?この異名。
ロシア?日本?アメリカ?
ファン?ライバル?メディア?
何にしても、良い感じはしませんでしたね。
ライバルが絶望するほどの素晴らしいスケーターだとしても、そんな異名を違和感なくつけるということ自体が、何か…
私とは考え方が違うのだなと。
ただ、ちょっと考えてみてください。
日本選手たちの中で、そんな異名で呼ばれても違和感ないスケーターっていますか?
たとえば、「男子でなくて良かった」と言われた驚異の3Aジャンパー伊藤みどりさんとか。
シニアデビュー前後の浅田真央さんとか。
ずっとトップにいる羽生くんとか。
あるいは、紀平ちゃんにしても。
それとか、もしもあの安定感を保ちながら高難度ジャンプをバンバン跳ぶようになっても、花織ちゃんをそんなふうに呼ぶだろうか?と。
ないと思うんですよね。
なんて言うか、絶望などというネガティブな言葉が入る隙がないくらい、受け取るイメージが「スケートの楽しさ」で満たされている感じがするんです。
だから、その異名が奉られた背景には、どこか、そういう言葉を想起させるものがあったかもしれないなと。
羽生くんなんて、その実力のみならず、容姿も頭脳も清廉潔白さも、他の追随を許さないぶっちぎりの桁外れ状態ですが。
想起させる言葉は、「光」とか「希望」ですもの。
スイ・ハン組が4回転ツイストに挑戦したのは、羽生くんの4Aに触発されたから?とか。
ボーヤンくんが現役続行することを決めたとか。
なんていうか、「自分も頑張ろう」というポジティブなエネルギーに変わるんですよね、羽生くんのスケートを見ると。
だから希望なんです〜
…………
そしてロシアは、今回のドーピング騒動がなかったとしても、ワリエワ選手を絶望などと呼ぶにはやはりそれだけの背景があるのだと思います。
親の姿から遺伝子的に向き不向きまで考えて、容姿や体型まで選別された優秀な「素質ある素材」を長期に渡って、フィギュアスケートに最も適した選手にするためのカリキュラムで組織的に育成する…
こんなこと、アメリカや日本ではとてもできませんよね。
そして、そうやって育てられた中で、最も優れた選手がオリンピックに照準を合わせて出場するんですもの。
選手の学業とか、人権とか、他の道を選べばどうなるかとか、そんなこと関係なく…
金メダリスト養成システムに送られて、フィギュアスケート以外の常識も何も知らずに育てられるような選手でなければ、金メダルには届かないとしたら。
そりゃ絶望します。
でも、羽生くんを見ても、そんな絶望とは無縁ですよね。
それは、確かにそういう素質と容姿と体型はあったにしても、羽生くんみたいに育てられるカリキュラムは存在しないからです。
まあ、やってみたらわかると思いますが、羽生くんみたいに育てても同じようにはなりません。
そして本当に根本から違うのは、「感謝する心」です。
自分が持っているものをどう思うのか、他者が持っているものをどう思うのか、与えられたものをどう受け止めるのか。
たいていの場合、他者が持っているものを羨ましがり、自分が持っているものはあって当たり前だと思うんです。
そして自分に与えられたものが他者に与えられたものより少なければ、不満を抱くんです。
それを「自分はこんなに持っている」と感謝できる力、「こんなに与えてもらえた」と思える強さ、そこが違うんです。
すぐに妬む人だとこうなります。
「○○さんのほうがお金持ちの家に生まれたから、綺麗な衣装を作ってもらっている」
「○○さんのほうが有名なコーチについてもらっている」
「○○さんのほうがリンクを使える時間が長い」
…○○さんを羨んでも、仕方ないことです。
自分にあるものに感謝できるというのは、教えられてもなかなか身につくものではないのかもしれません。
そういえば、アンチの常套句、羽生くんに対して「心がこもってないのに〜」とか言ってましたね。
リンク補修の手伝いとかにも、「あざとい」とか。
羽生くんが感謝の言葉を使うとき、礼をするとき、心がこもっているかどうかなんて、わかるわけないでしょ?
リンク補修をあざとさからしてるかどうか、どうやって推し量るんや?
バカかあんたらは、ウソ発見機でも使ったのか。それとも読心術ができるとでも言うのか。
そんなもの、心なんて見えないのにわかりませんよ。
見えるのは言動です。
10年続けてやったら、本物ですよ。
羽生くんの真似して評判上げようとする選手も、リスペクトを言う選手もいますけど。
10年その言動が続いたら、本物だったと思います〜
そして、オリンピックという世界最高峰の試合で、世界初の技に挑戦した羽生くんが「アスリートの鑑」のように思われているとしたら。
その希望の光は、10年よりももっと長く受け継がれていかれたらいいですね。
読んでくださってありがとうございました。