『蕾』・・・息子への想い | いつかのいい日のために 

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2008年10月、卵巣癌という気づきのチャンスを与えられてから3年
今、たくさんのキャンサーギフト(癌からの贈り物)を貰っていたことに感謝しています。
これからは【まんまるっこ天使】に手伝ってもらいながら返謝の気持ちを伝えていこうと思います 2012.3


今朝のBGMはコブクロ


2.3日前からコブクロのCD聴いています。


洗濯しながら流れていたのは


『蕾』


レコード大賞とった曲だけど


ワタシの中ではベストランキング外の歌でした。


でも


違った意味で想いで深い曲になっています。


2年前・・・2010年10月19日の昼前


胸水を抜くためわき腹からドレーンを挿入


2リットルもの水がいっきに流れてでて


むちゃくちゃしんどかった日


その日の夕方


ワタシは夫と主治医からの手術の説明を聞きました。


想像していた以上の内容に・・・・・・絶句


夫が帰った後


ひとりベッドの上で放心状態のまま


何を考えるでもなく


前日に息子が持ってきてくれたばかりの


コブクロのMDを聴こうと手にとりました。


入院してから初めて見舞いにきてくれた息子が


録音してきてくれたものでした。


その1曲目に入っていたのが


『蕾』


入院してワタシが流した初めての涙がこの時でした


当時の息子15歳


蕾の中の小渕さんは18歳でお母さんをなくしていました。


そのお母さんをうたったのが『蕾』


なんなのこのタイミング・・・神様を恨みました。


胸水のため起こした状態のベッドの上で


涙が溢れてとまりませんでした。


4人部屋の入口のベッドだったワタシ


つけたばかりの大きな胸水ドレーンの装置


背中・腰・お腹・胸・・・痛みだらけの身体


カーテンをひとりで閉めることも出来ない


情けない自分


部屋に入ってきた若い看護師さんに


カーテンを閉めてもらえますか


小さな声でお願いしたら


察したかのようにカーテンをそっと閉めてくれました。


3年生存しても


ワタシが死ぬ時、息子はまだ18歳


ワタシが初めて流した涙は


まだまだ何も残してあげていない


まだまだ伝えたいことも伝えていない


15歳への息子への涙でした。


あれから2年


一番の成長期真っ只中の息子は


自他ともに認めるほど変わりました。


今年6月に再発がわかったときの息子は


動揺することなく母の再発を受け止めていました。


そして、抗がん治療を受けないと決めた時も


次女よりも冷静に真正面から受け止めてくれました。


今のワタシは『蕾』を聴いても


息子と小淵さんを重ねることはありません。


だって、ワタシには来年も再来年も


いまよりもっともっと元気でいそうな


そんな気がしてならないのです・・・・・(*^_^*)





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