思い出の場所、思い出の食事、思い出の物、振り返れば様々な愛おしい記憶が蘇る。
部屋を見渡し、これまで過ごしていた時間の中で慣れ親しんだ些細なモノにすら愛着を感じてしまう自分がいることに気づく。これらは、きっと簡単には手放せないものなのだろう。
時折、目にする情景を過去に撮った写真に重ねてみたり、意図しない形で録音されていた大切な人の些細な動作や、声を聞き、過去の記憶が鮮明に蘇ってくる事もある。そして、それらは、写真や動画で切り取られた瞬間のみならず、その前後の記憶も付随して蘇らせてくれる。
写真や動画は、その瞬間を記録しているものであり、これまでの時間を切り取るという意味では素晴らしいものではある。だが、加うるに写真はすべてではないという事を感じている。つまりは、時の流れの中で切り取った瞬間が写真であり、もっと大切なのはその前後の記憶なのであるという事を切に感じる。
「生老病死」という仏の教えにもあるように、生きている限りは苦しみから逃れることはできない。されば、苦難の中にも成長の喜びを自身に見出す必要がある。何を感じてどう行動し、行動から何が生まれて、どんな感情を得たのか。そして、その感情を糧に、これからをどう過ごしていこう。こういった思考サイクルが、この世に生きている人間に於いては避けられない定めである。たとえそれが思い出したくもない過去であり、後悔の記憶であってもである。
ぼくは、相変わらずそんな悶々とした感情を抱えながら日々を過ごしている訳であるが、先ほど、録画していた「鬼滅の刃 無限列車編」を観て涙してしまった。
劇中に登場する魘夢(えんむ)は、血鬼術を用い鬼殺隊士に対して当人にとって幸せな夢を見させて、夢の世界に封じ込めて精神を崩壊させる手段をとる下壱の鬼である。魘夢の「夢を見ながら死ねるなんて幸せだよね」という言葉には共鳴を覚えてしまう。そう、現実の辛さや苦しさを忘れて、夢のなかの心地よい世界で死ねる、こんな良い事はないだろうと。
炭治郎、伊之助、善逸、それぞれ自身にとって心地の良い夢を見ていた。一方、煉獄さんは、トラウマとも感じられる夢の内容であった。
煉獄さんは、柱となったことを父に報告したのだが、元柱であった父から「そんなものはくだらん、大したものにはなれない」と、彼を落胆させる言葉を投げかけていた。だが、しかし、きっと彼にとっては、それはトラウマではなく、むしろ母の「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です」という言葉が既に生きる上での支えとなっており、父の言葉すらも「心を燃やす」という彼の信念を形作る礎になっていたのではないかと感じた。だからこそ、トラウマではなく良い思い出として魘夢による夢の世界を創られたのであろう。
何かひとつ、心に突き刺さる言葉や経験があれば、他者に何を言われようとも、その人にとって辛く苦しい人生を生き抜くための礎や、揺るぎない心の支えとなると信じている。
劇中でも言われていたように、人間の生きる原動力は心である。
そして、心はガラスのようにもろく弱いものである。
しかし、生きていく過程のなかで様々な経験を通じ、心を強くすることはできるのである。
心を揺さぶられ、ささいな優しさに感動したり、綺麗な景色をみて穏やかな気持ちになったり、美味しいものを食べて幸せな気持ちになる事は、生きているからこそ感じる感情である。
「生れてきた幸せ」を忘れずに、
精一杯味わっていこうと感じた一日であった。