「明日は雷雨に注意してください。」



夕方の天気予報を聞いて

ふと思い出したのは

遠い遠い昔の、雷の思い出。



それはわたしがまだ幼稚園に入る前。

たぶん3歳頃の記憶。



幼い頃のこの記憶は

何度も何度も思い出された。



心の勉強をして

自分の幼かった頃を思い出す時、

この記憶が必ず出てきた。




それはある夏の日の午後。

幼稚園に通っていた2歳違いの兄を迎えに行く時間。

いつもは母と2人で迎えに行っていた。

でもその日は違った。



夕立が来そうだからと

母はひとりで出かけていった。



おそらく初めての

1人でのお留守番だったように思う。



幼稚園までは大人の足で10分程の距離。

でも3歳のわたしを連れていると倍はかかる。

帰りはさらに兄もいる。


雨が降り出す前に帰って来たいと思って出かけたのだろう。



でもその母の思いとは裏腹に

家の中はどんどん暗くなり、

雷が鳴り始めた。



雷はどんどん大きな音になって、

近くに落ちたのか大きな音が響く。



雷が近くなったらテレビを消して、

テレビから離れるようにと

いつも言われていた。



その通りに

テレビから離れた

薄暗い部屋の隅で

背中を壁に押し当て

小さく丸まるように

膝をギュッと抱えて座っていた。



誰もいない、

誰にも助けを求められない。



薄暗い部屋。

ピカッと光った瞬間に落ちる雷。

地響きのような音。



ただただ怖かった。




記憶はここで途切れている。


その後

いつ母が帰ってきたのか、

何故か覚えていない。



雷がおさまってきて

待ちくたびれて

そのまま眠ってしまったのかも知れない。



もし母が帰って来たことを覚えていたら

こんなにも何度も思い出される場面ではなかったのかも知れない。






心の学びの中で

この場面を思い出す度に

小さなわたしに大丈夫だよと

何度も声をかけてみた。



ギュッと抱きしめてもみた。



でも小さなわたしは何も言わなかった。

そしてその記憶は変わらなかった。





今日ふと気付いた。




わたしじゃないんだ。




あの日の思いを伝えたいのは

わたしにじゃない。



あの日あの時の母に

伝えたかったんだ。







そう気付いたわたしは、

目を瞑り

あの場面を思い出した。




小さな小さなわたし。


ギュッと抱えていた膝から手を離して

ただいまと帰ってきた母に

一目散に駆け寄り抱きついた。




そして、

固く噛み締めた唇を緩め呟いた。



「ママ、怖かったよ」と。




そして

声にも出してみた。


「ママ、怖かったよ」と。




何度か声にするうちに

涙がひと筋

頬をつたった。





あの日、本当に言いたかったことが

聞いてほしかった思いが

やっと言えた気がした。



小さな胸に抱えた大きな不安を

やっと下ろせた気がした。



本当に伝えたかった母はもういないけれど。






真夏の真っ青な空を見上げると

母の笑顔が見えた気がした。