娘が英検準1級に合格して 相当年月が経ってしまいました。
8月からアメリカの大学に交換留学へ 渋々行くことに決定してるので、
今しかチャンスないでしょ!!と 。 簿記2級を受けるか 英検1級を受けるか 究極の選択を娘に
叩きつけて ようやく 「英検1級を受けます」と決断してくれました。

そういえば 「英検ってどうやーって申し込むんだ」?と尋ねられ、
私もちょうど大学のバイトをしてたので生協で尋ねてみたら
5年以上浦島太郎ぶりがここでも発覚。

まず、受付のおばさんから一言。
「英検は中学生までで終了してるんです。 今の大学生は誰も受けませんよ。だから生協で受け付けるのをやめたんです。 時代はTOEICですよ。 今の大学生は就職のためにTOEICを何回も受けてます。だから、TOEICなら申し込みができますよ」

英検って中学生で終わりなんだ・・・・ 時代は変わった。

結局ウェブで申し込みをさせました。 娘が嫌がるのは 低年齢のお子さんが 足をぶらぶらさせ
机の脚にぶつける音、消しゴムを使うときの豪快な音、 みんな真剣ですから、
静かにテストを受けようとする気配りまで行き届かない小さなお子さんの行動が英検を受けたくない理由。 でも今回は大学生だけで、ひとつの教室に集められていたので気持ちよく試験を受けられたようです。

嬉しいことに 採点方法が変更しました。
今まで リーディングとリスニングさえがんばれば エッセイは
適当に書いて 合格というテクニック。 これも 娘の英検嫌いの一つなんですがね~。

「日本のこういう勉強のやり方って大っ嫌いだし 許せない。」

その採点方法が変更になったお蔭で 娘には有利になりました。
1次は 9割以上の正解率までは届きませんでしたけど余裕で合格。


娘にとって 英検はどうでもよく、私は
日本の大学って本当に金がかかるなぁと実感する毎日です。
適当に受かってしまった大学に入学したのは良いが、 留学が必修と言われ
「いまさら~」と ブルーになってしまいました。

娘は日本の大学のサークルって楽しむことを覚え、私も余計な出費を抑えることができるので
留学はさせたくありませんでした。

必修なら一番安い方法で行きなさいと 交換留学 を選択し、普通に交換留学先も決まって、ビザや航空券の手配も娘が全部やってくれました。 親は お金 のみが出番です。


「アメリカの大学に行っても 勉強したい科目ってあまり無いのよね。」

そんな チャレンジ精神ゼロで、自分の身丈ほどの勉強をして、よい成績を取ろうとするのは
アメリカで教育を受けた賜物だと信じてます。



留学から戻ったら、ダイエットして 就活の準備をさせなくてはいけませんね。。


主人の会社に中国籍社員がちらほらみかけるようになった。
現在社宅住まいをしていて、お隣の若いご夫婦も中国人。
見かけは日本人 頭がよく頑張り屋さんのご夫婦だから、日本語も堪能で、持ち回りの社宅当番を引き受け立派に貢献してくれます。

そう、逆駐在妻ですね。

私が海外に住んでいたときは、どっぷり海外で日本人生活を行い、何年住んでも言葉は上達せず。
会社のバジェットでマンションを借りて、自治会とか草むしりとかごみ当番もなく。会社からは奥さん手当もいただいてたので、仕事をすることもなく、
楽に生活をしておりました。そして帰国辞令がでると、「日本に帰りたくな~い」と。
私のみならず、別の会社のご婦人らも、帰国辞令に喜んで帰国する家族はいませんでした。

日本の社宅生活住まいははっきり言って 不便。安い家賃はよいのだけど、ごみ当番や草むしり
など、周辺の管理までやらなきゃいけないことは多い。

また自治会にも参加しなければなりません。自治会は必要な団体であって、私は否定しませんが、
そのボランティアははっきり言って疲れます。また高齢化で75歳以上の人には役員をやらなくてよいという規則がほとんどの横浜市の自治会の規則に明記されるようになって以来、若い世代への役員の順番がすぐに回ってくるし その負担は大きい。一方まだまだ体が動くシニアたちのボランティアが盛んになってることも事実で、通学路の見回りやアルミ缶の回収ボランティアをやってくれるようになったのも事実です。

話はそれましたが、若かった頃は、そんなしがらみが嫌だったのは事実。
日本に帰国しないでずーっと海外に住んでいたら楽ちんだったなぁ
なんて!!。でも夫に会社があったからこぞ言えたわがままも 会社が無くなれば、
海外の生活は大変です。

そんな隣の中国籍奥様とお話しする機会があって、びっくりしたこと。
今一番心配なのは 夫が中国に転勤させられること だそうです。
「中国なんて絶対に行きたくないわ」って
私も 「あれ! 中国人が中国に行きたいくないって問題じゃないですか?」
と尋ねたら。
本当に中国に帰りたくないとおっしゃられていました。

私が若くして駐在員妻をしてたころ、海外で 「日本に帰りたくないなぁ」
と叫んでたあのニュアンスと一緒なのだろうか?
いや 違うような気がしませんか???。