最近、父が目の手術を受けました。
息子も、娘も、それぞれ目にまつわる治療をすることに。
不思議なタイミングの重なりに、私はハッとしました。
もしかしてこれは、
単なる身体の不調ではなく、
本心からのサインなのではないか、と。
もう「見えなくてもいいもの」と
これから「ちゃんと見ていきたいもの」
人は誰でも、
見たくないもの、感じたくないことを、無意識に目から遠ざけます。
- 見ないふりをしてきた痛み
- 胸を締めつけた過去の誤解
- どうしても届かなかった想い
でも、見ないままでは、
ずっと心の奥に、ひそやかな棘のように残りつづけてしまう。
もしかしたら、今、
「もう見なくていいよ」という手放しと、
「でもこれからは、やさしいまなざしで見つめていこう」という再選択のタイミングが、
静かに訪れているのかもしれません。
まんまるな目で、これからを見つめる
- いい・悪い
- 正しい・間違っている
- 愛された・愛されなかった
そんな分離のまなざしではなく、
まるごと包む、まんまるな目で、これからを見つめなおしたい。
父も、息子も、娘も、私も。
それぞれが違う見方をしてきたけれど、
本当はずっと、つながっていた。
そんな静かな確信が、
心の奥にふわっと芽生えた瞬間でした。
そして、私は祈ります
「過去に囚われた目ではなく、
これからを、まんまるな目で見つめていこう」
「見る」ことを通して、
本当の「つながり」を、取り戻していこう。
光も、影も、喜びも、痛みも――
すべてをひとつのまんまるに包んで、
この家族と、これからも歩んでいきたい。
まとめ:まなざしは、世界を創る
世界が優しく見えたとき、
それは私たちの心が優しくなった証拠。
まなざしを変えることは、
世界を変えること。
家族も、自分も、
そして出会うすべての人もまなざしで、
また新しい光のなかに迎え入れていけたら。
今日もここまで読んでくださって、ありがとうございます。
あなたのまんまるな目に、
たくさんの愛と祝福が映りますように
あなたはあなたのままでまんままる
未来は明るい