西武ライオンズタイムマシーン(第344回):1980年 小川史 | はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

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(1980年西武ファンブックより)

軽快なフットワークは、「吉田義男二世」を思わせる動きだ。
コンスタントに打てるバッティングさえ身につければ1番打者として適役。
足も速いので塁上をかき回す選手になってほしい。

 

【1980年の小川史】
西武在籍:2年目(20歳)、背番号24
成績:7試合、1打数0安打、打率.000、0本塁打、0打点、0盗塁

 

(イースタンリーグ成績)
成績:64試合 174打数34安打、打率.195、0本塁打、13打点、8盗塁

プロ入り2年目の1980年は、開幕からイースタンリーグの試合で遊撃手、二塁手で先発起用され経験を積んだ。
そして8月に入ってプロ入り初めての一軍昇格。
8月2日対南海後期5回戦(西武球場)の8回裏に田淵の代走としてプロ入り初出場を果たした。
一軍昇格後は、代走と守備要因としての出場機会がほとんどであった。
8月7日対近鉄戦ではプロ初打席にも立ったが凡退。
この年の唯一の打席であった為、プロ初安打は翌年以降に持ち越された。
8月13日対ロッテ戦では、試合途中から遊撃の守備についたが2失策を記録。
その後は8月23日対南海戦まで出番がなく、その日に代走→遊撃守備で起用されたのを最後に二軍へ降格。
そのままシーズン終了まで一軍再昇格は果たせなかったが、イースタンリーグの試合では全70試合中64試合に出場した。


【1980年当時の記事写真】

抜群の野球センスで小粒でもピリリとした選手に

小柄ながら抜群の野球センスを持ち合わせている。
ゴロの処理、スローイングもしっかりしているので、あとは打撃だけ。
コツコツ当てるバッティングが身につけば1番打者にうってつけ。

 

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