S藤くんのお父さんが
父の会社の従業員になって
私は思いました
これって…私は 雇い主の令嬢になるんだから
S藤は私に気を遣っても良くない?
何かやられたら
「あんたのお父さん首(クビ)にしてもらうよ」
なあんて言えるよね
しかしそんな妄想は妄想のまま
S藤くんの私へのちょっかいは何も変わりませんでした
S藤のお父さんがうちの父の会社で働くことになった
なんて、クラスメイトに言えば
田舎では大ニュースだけど
なんとなく 誰にも言いませんでした
S藤くんのお父さんはいつ会っても目を逸らすような
暗い印象の人でした
でもなんか 怒ると怖いんだろうなぁと
そんな雰囲気はありました
S藤くんのお父さんの初給料
昔は現金支給でしたから
給料袋に月給が入れられて手渡しされます
S藤くんのお父さんは
給料日が近づいた数日前から
仕事に来なくなってしまいました
給料日にやってきたのは S藤くんでした
S藤くんが自転車で
自分のお父さんの給料を受け取りにきたのです
なぜわかったかというと
自宅は少し前まで事務所兼用だったので
ガラスドアになっており、来客が丸わかりだったのです
S藤くんは学校のふざけた様子と違って
かしこまって
命令を受けた小さな兵隊みたいでした
母が「お父さんの代わりに来たん?」「えらいね」
と、隣のプレハブ事務所へS藤くんを連れていき
受け取りのハンコを押してもらって
給料袋を渡しました
わたしは萎縮しているS藤くんをみて
フンあのお父さんに言われて来たんだ
自分で取りに来ないなんて
ダメな大人だ と思いました
S藤くんは自転車かごに直接給料袋を入れて帰っていきました
1時間くらいたった頃でしょうか
S藤くんがまたやってきました
焦っているような困ったような
みたことのないS藤くんの顔でした
母に何か言っていて
会話は聞き取れなかったのですが
気になって
S藤くんが帰ったあとに
「S藤、どうしたん」
と聞くと
母「給料渡したのに、受け取りましたかって聞いてきたんだよ、(自分で)自転車のカゴに入れたでぇ
自転車のカゴから落としちゃったんじゃねえん?」
「来た道よく探してみなって言ったんだよ」
「そうなんだ…」
母「お金入ってるから、誰かに拾われちゃったんだよ、まったく」
ほら…だからS藤くんのお父さんは
自分で取りに来ればよかったのに…
大事な給料の受け取りに気まずいからって
子供なんか寄越すから
S藤はお父さんにはやく渡さなきゃって
急いで自転車を漕いでたんだよ
だから落としたの気付かなかったんだよ
あのお父さん怒ると怖そう
烈火の如く もう一度行ってこい!って怒鳴られたんだろうな
まったく喋らないS藤のお父さんの怒り狂った姿がなぜかわたしは想像できてしまいました
でも大嫌いなS藤のことを かわいそう と思っては
自分で打ち消しました
かわいそうなんかじゃない!
不注意が悪いんだ!
でもすぐに もやもやがやってきました
S藤、来た道ずっと探してるんだろうな
もう暗くなって来たから見つけ辛いだろうな
探すの手伝ってやる?
どうしよう、手伝ってあげようかな?
ううん、あんなやつ困った方がいいんだ!
そんな気持ちが行ったり来たりしているうち
自分が苦しくなって
考えるのをやめてしまいました
次の日 S藤は学校に来ませんでした
虐待されたのでは…
一緒に給料袋を探してあげなかったことは間違いだったのかもしれないとわたしは動揺しました
その次の日
S藤の姿を見つけた時
心底ほっとしました
はじめてだったかも
いつもは 視界に入るだけでも不愉快なのに
その日もいつも通り、キモくて嫌なことしかしなかったけど
その様子をみて
ああS藤くん大丈夫だ、よかった
と安心しました
卒業式まで数ヶ月という冬のある日
S藤くんは静岡の学校に転校することになりました
ずっと望んでいた転校だったのに
嫌いと言っていた女子たちも
S藤、転校やった〜!と言う子は誰ひとり居ませんでした
みんな
彼のこれからの苦難を想像できてしまったからでした
その後 群馬に戻って来たと言う噂は聞きました
一部の同級生たちと会ったようです
生命力はありそうなので
今もきっと 元気にやっているでしょう
──S藤へ
間違ってわたしのブログをみつけても
連絡してくんなよ
おわり
2025組2月1日受験まで
619日
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