なんという親父だ。。。 | まわりから『ありがとう』と言われて、生きていきたい

なんという親父だ。。。

平成8年12月。



父は、他界いたしました。



父から、たくさんのことを
学びました。



癌からの生還を信じて、
真剣に送った闘病生活。





自分には、快復見込みがないことを知った際の
澱みのない立ち居振る舞い。





死に際の潔さ。





自分なんかに、出来るだろうか。。。




そう、思うことばかりでした。





もちろん、生前の父の強さ、温かさ。



数え上げれば、きりがないほど、
多くの『心』を受け取りました。



自分が、また、その心を、
誰かに、受け渡せるのだろうかと、
はなはだ、心配なほど。。。





そして、驚いたことのひとつ。



亡くなってから、数年後のことです。



突然、
知らない人から、会社に、電話が来ました。



父の会社で取り扱う商品のメーカーの重役で、
彼が入社したてのころ、
父の会社を担当して、
一度だけ、昼飯を一緒に食べたことが、あったそうです。



そのときに、父に、怒られたそうです。



内容まで書きませんが、
天丼の『えび』の食べ方で、
怒られたそうです。



なるほど、話を聴くと、
その内容と同じことを、私は、
子供の頃から、しつけられていました。



今でも、私は、そのとおりの食べ方をします。



それは、物のない時代を生きた、
父の生き方そのものだったのかもしれません。



社会が豊かになる中で、
いろいろな考え方が、生まれてくるでしょう。



私からすれば、
忘れられても、仕方がない、
と思える内容なのですが、
その重役さんは、何十年も昔の『事件』を
はっきりと記憶し、
そのことの大事さを、忘れたことがないと
おっしゃっていました。



東京に、再度赴任してきた際に、
赴任の挨拶をしようとして、
数年前の父の死を知り、
駆けつけてくださったようです。



彼の勤務先は、超大企業。



父の会社は、その企業と、
直接、取引することすら、
叶いませんでした。



あまりにも、取引額が小さいので。。。



そんな状況下にも関わらず、
記憶に留めていただいたことに感謝をすると同時に、
頂戴した香典を手にして、



もう、ひとつ。。。感じました。





なんという親父だ。。。ということ。。。




『この親父。。。死して、数年たって、なお。。。』
『40にもなる息子に。。。小遣いをくれるか。。。』



と。



父親から、金の使い方で、
習ったことは、ふたつ。。。



ここでは、書きませんが、
実際に、父は、
そういう使い方をしていました。。。




父から、小遣いをもらったこと。



生前に、1回。





もらったとき、



『あ~、金は、こうやって使うんだ』



と、感激しました。



そして、
これが、2回目。。。でした。。。