『目』 | まわりから『ありがとう』と言われて、生きていきたい

『目』

見ている対象物に変化はなくても、

見ている人の心に変化があれば、

対象物は、違って見えます。

『目』は、何かを見るための器官では、ありません。

たくさんの情報の中から、

今、あなたの心に触れるものだけを、

篩にかけて・・・、

フィルタリングして、

心に届けているだけです。

今の心に響きそうもないものは、

消してしまうんですよ、目が (*^-^*)

目は、今、いらないものを、消して、

『ないもの』としてしまう道具です (*^-^*)

『それって、【心】が消しているんでしょ!?』

という『ご批判』が聴こえてきそうですが、

では、質問。

『あなたの目に映らなかったもの』は、

『そんなもん、なかった~~!!』

『見なかったよ、なかったよ~~~~!!』

って、言えるでしょ!?

自分にも、周りにも。

周りも、あなた自身も、それを信じてくれます。

あなたの『目』に映らなかったものは、

『存在そのものがなかった』のだ・・・・・と (*^-^*)

でも、どうでしょう・・・

あなたの『心』が消したのであれば、

周りは信じてくれないでしょ!?

『またまた~~(笑)!!

目に、はいらなかっただけじゃないの~~~!!』

って。

言われてしまうでしょ!?(笑)

『目が消せば』

信頼してもらえます。

たとえば、

目撃証言・・・・・

そんなものは、なかったよ・・・

目が消したから、証拠になります。

あったかもしれないけれど・・・、

見えたのだけれども・・・、

心が、消した・・・

などと言ったら、

そんなことできるんですか~~~!!

しらんぷりしているのですか~~!!

って、あなたの心が、疑われます (笑)

あなたの心。

信頼性低いのよ、あなたの目より (笑)

見えたのだけれど、心が、消した・・・

そう主張しても、信頼してくれません。

そう、目には、篩にかける機能がある。

目が消したから、心に届かなかった!!

そうだすると、すべての辻褄が、あいます。

もっとも、目は、優秀で、従順な『心の僕』なので、

心の変化に即時に順応して、

変幻自在なフィルターを駆使するようですが。。。