『どうして 神さまは みえないの?』 | まわりから『ありがとう』と言われて、生きていきたい

『どうして 神さまは みえないの?』

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『どうして 神さまは みえないの?』


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『かみさま どうして』
という冊子がありました。
景山あき子さん(文)でした。


その中に、一番初めに、
こんな質問がありました。


『どうして 神さまは みえないの?』


回答も、その冊子の中にありました。


でも、私なりの『回答』を用意しました。


*・’°☆。.:*:・’☆’・:*:.。.:*:・’°:*:・’°☆*・’°☆


『どうして 神さまは みえないの?』


画用紙一面に描かれた絵を思い浮かべてみてください。


画用紙はみえないでしょう?


絵の具に被われているからではありません。


描かれた『花』にも『人』にも『空』にも、
みんなに『画用紙』が含まれているからです。


人の目に映るものは、
自ら発する光か、反射する光の色とその強弱で、
しかも、隣のものと違いがあり、
それがコントラストとなっていなければなりません。


すべてを被う神さまは、すべてに等しくある(存在する)ために、
コントラストがなく、人の目にはみえないのですよ。


駄目かね、これ!?