● ラーメンと自由だった頃の思い出と国民全員華僑化計画
夜も遅い時間なのに、小腹が減って日清の麺職人という塩ラーメンを食べようとしている。
普段は絶対こんな時間にたべないのに、体の調子が狂っている証拠だ。
高校生の時とか夜中に受験勉強をしていてこういうのを食べてた。
大学になったら車で夜牛丼とか、深夜の街道沿いのラーメン屋に行ったり。
東京の大学に行って、郊外のアパートとかに住んでいた。東京の西側だから大学がたくさん
あって学生用のアパートがいっぱいあった。
大学に入ったばかりのとき、高校時代からバンドをやってきたやつ同士で東京でも
バンドやろうぜっていう感じで新宿とかのスタジオで集まってなんかやってたよな。
京王線をもっぱら使ってたんだけど、大学には250ccのバイクで行ったりしてた。
上野の周りに中古のバイク屋とかあって、そこであのオフロードバイクを買ったんだっけ。
神奈川とか相模原とか、藤沢とか山に行ったり海に行ったり。
そうか250ccを買う前は50CCのHONDAのDAXっていうバイクで海によく行ってた。
金なんかないからあんまりラーメン屋なんかいけなくて、行ったらご馳走だった。
あの頃はがりがりだったけど、今はその倍のカロリーをとって豚になっちゃった。
バイトっていうのは嫌いだった。
ファミレスとか、ビラ配りとか、やっても翌日は来ないみたいな。
ただ夏休みには水泳プールの監視員とか佐川急便での深夜バイトとか、
夜コンビ二用の仕出し弁当を作る工場で働いたりとか。
そういう頃って、会社の仕組みがどうの、とか考えてなくて、時給幾らっていうのだけが、
大事だった。
体重も軽かったけど、フットワークも軽かった。
夜中にふらっとでて、横浜の埠頭に行ってなんか大道芸人みたいなのをやっているのを
見てたような気がする(まだ駅とかでギターを持ってシャウトするのは流行ってなかった)
本当に軽かったな。
ストレスなんかこれっぽっちもなかった。
全てが楽しかったな。
フットワークのいい楽しみ。
今は違うよな。
プレッシャーとか、明日どうなっちゃうかわからない不安を持ったまま、それを心の隅に
おいておけるタフさが身についてきた。
日本人だけじゃなくて外国人が相手でも、基本的にはかわらない。
相手 対 自分 というより、自分の力をどれだけ信じられるか?が毎日試される。
自分がこの仕事をできるのか、相手は自分を信じて一緒に協力してやっていって
くれるか、自分の全てが相手にとってどういうものなのか、普通の人間関係でも
恋愛関係でも相手がどうのこうのという問題ではなくて、自分が”外の世界から
どう受け取られるか?ということは言い換えれば”自分が自分をどう見るか”
ということだ。
BLOGとかで読むと日本人で経済的にニートとかフリーターとかマック難民なんて
呼ばれる人やフィリピンに高齢になってから来て経済的に不安がある人などは
”自分が自分自身を信じられるか?”というお話、つまりセルフコンフィデンス
に問題がある。
正社員になれずに派遣などを繰り返している人がそういうネット難民みたいに
なってしまうことは個人の問題と社会の経済の問題が組み合わさっている。
個人レベルでは自分が自分の能力を信じられないことと、仕事をできるようになる
機会(トレーニング)を与えられないまま歳をとってしまうこと。
経済構造のレベルでは、国内の製造業が海外に出ていて、日本の中での需要も
高齢化で弱いわけだから当然仕事も減っているのだ。
僕の時みたいに誰でも大学をでれば正社員にいちようなれるみたいな社会は
もう来ない。
そうするとどういう未来が日本に来るのだろうか?
格差社会だろうか?
しかしこの言葉は正確に状況を表していないから別の言葉を使いたい。
絶対的貧困層が増えていく。
あれっ、これってなんかフィリピンの社会状況を表す言葉みたいだ。
絶対的貧困層というのはスキルを持たず、持つチャンスもなく、就職もできずに
単純労働をするしかない貧困レベルの人たちだ。
絶対貧困層
正社員の会社員
会社の経営者
という風にわかれるのだろうけど、これは別に今までと変わっているわけではい
のだけど日本の経済構造が変わってしまったことが今の状況を生み出している。
戦後経済が成長し続けてきた日本経済では正社員の会社員が多かったのだが、
パートや単純作業労働者の仕事は海外に移ってしまい残っている単純労働仕事の
数が減ってしまったから労働条件も悪化している。
それはGDPの成長率の鈍化ということでマクロでは表われているし、
派遣労働者などをとりまく雇用状況、労働条件は厳しい。
話がとんじゃったけど、フリーターの人がその状況からなかなか抜け出せないという
のは、人はその周りの状況が世界の全てなわけで、その状況の中にいる私から
見える風景の全てが現実なのだから、その現実に応じて自分自身への信じる力
というのも決まってくる。
日本で自動車工場で派遣で働いている人が自分は将来孫正義みたいなすごいビジネスマン
になるぞっていうのを信じれるって万人に一人だ。
99.9999995の人は自分は派遣社員だったら将来もそれに毛が生えたくらいの職業
にしかなれないと思ってるだろう。
それでも経済的に恵まれていればそれでいいんだが、今はそうは行かなくなってきたのが
問題だ。
でっ、それに対処するにはどうしたらいいか、って。
もう国頼みで社会福祉を充実できるお金のある国家ではないから、国は頼れない。
結局個人の意識が変わっていくしか方法がない。
本当の意味での実践的な経済、金融、経営、お金の教育を学校教育の中に取り入れて
いって、シンガポールや香港みたいな国民全員商店主みたいな感じにしていくしかないん
じゃないかな、と思う。
会社に勤めることが普通じゃない生き方の社会になったら自殺者が減ると思う。
サバイバル能力がない人が生活困窮に陥って鬱になって自殺しちゃうんじゃないかなあ。