とりあえず、必出の手紙文の対策から。
1)あて先人の氏名 2)発信地名・日付
3)あて先人の役職・社名(業務の場合)
4)あて先人の住所
5)書き出し
6)本文
7)結びの言葉
8)差出人の氏名(業務の場合は役職名)・署名
典型的なパターン
1)Sr(a). + 名前・姓
2)都市名・日付が一般的
Kanagawa, 12 de enero, 2011
3)社名が入る場合は 社名が先
○○ S.A.
Attn: Sr(a).○○
4)あて先人の住所
建物名 ○階 ○号室
○番地、 通り名
地区名、市町村名、州名、国名
5)書き出し
ustedの場合 Estimado(a)
tuの場合 Querido(a)
6)本文
時候の挨拶はあて先が公私問わず不要。
業務用の場合 手紙の趣旨を最初に書き、後に少子を記す。
私信の場合 発想は自由。?Como estas?で初めてもよい。
7)結び
業務用の場合
sin otro particular, muy atentamente etc.
私信の場合
un abrazo de, un beso de
電子メールの場合
saludos
他に、atentamente, sinceramente, cordiialmente etc.
8)差出人名
業務用の場合
結びの言葉
サイン
差出人名
役職名
社名
私信の場合はサインのみ
150~200文字がどの程度なのかを把握しておくこと。
制限時間50分以内に1通の手紙と、別の作文を終わらせる。
1問あたり25分。
過去問見ても、パターン違いはあれど、条件はほぼ同じなので
シンプルかつ要点を盛り込むようにすること。
手紙の文章に懲りがちなのが欠点なので、とにかく「試験」であることを
自覚して、通達書レベルの必要事項をまず優先すること。
本題に入る前の書き出し、主要事項への転換時の文言、結びのことばの
パターンを作っておく必要あり。
手紙の文章そのものを美文にしよう等と余計なことを考えないこと!
2008年8月の出題問題 (模範解答なし・・・)
Parte número 1: Carta personal
Instrucciones
redacte una carta de 150–200 palabras (15–20 líneas).
escoja solo una de las dos opciones que se le proponen.
escriba la carta definitiva en la Hoja de Respuestas Número 2.
comience y termine la carta como si fuera real.
Opción 1
usted tiene que realizar un viaje inesperado por motivos de trabajo.
en su casa tiene un perro y no quiere dejarlo en un centro veterinario.
escriba una carta a un/a amigo/a en la que deberá:
– saludarlo/la y hablarle de su problema;
– pedirle que se haga cargo del animal;
– explicarle cómo tiene que cuidar al perro;
– darle las gracias por su ayuda.
Opción 2
Hace un mes usted canceló su contrato con su compañía telefónica,
pero le han mandado un recibo con llamadas que no ha realizado.
escríbale un correo electrónico a la compañía en el que deberá:
– identificarse;
– exponer su problema;
– solicitar la anulacion del recibo;
– pedir garantías de que no volverá a suceder.
秋田にある国際教養大学の学長の書いた本と言うことでレジ横で目立ってました。
ベースに流れるものは、やはり「戦争論」で小林よしりんが、そして「国家の品格」で
藤原正彦氏書いていたこととほぼ同様です。
子育てのため・・・っていうよりも、国際化社会と言われる時代に対応して
いくために必要なものと、その理由が書かれていると思えばいいかな。
英語で授業が行われる大学でありながら、英語の勉強法にはほとんど触れられていないのが
ワタクシ的にはとても興味深かったです。
はるか遠く、私も及ばないながら、何度か似たようなこと書いているので、改めては書きませんが、
覚えている限りで、読んでおくとよいと勧められていた本のタイトルだけ下記に挙げておきます。
世界に通用する子供の育て方 (フォレスト2545新書)/中嶋嶺雄

¥945
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*ブックレビュー見たら「この不況の時代に、就職率100%の実績を誇る・・・という意味が
わかった」みたいなものが多かった・・・いや、そういうことじゃないと思うんだけどね。
≪本書内で推薦されていた書籍一覧≫
一言で言うなら「温故知新」と「(未知なるものに)目を向ける」ってことかな。
史実に基づく冒険物も勧められていました。
Imputも必要だけど、Outputの場をいかに設けるか・・・ってことが島国日本では困難なのかも。
とにかくまず、自国の古典・歴史ありき、なんですよね。
私も苦手なクチだけど、実感としてそれは思う。
万葉秀歌〈上巻〉 (岩波新書)/斎藤 茂吉

¥819
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万葉秀歌〈下巻〉 (岩波新書)/斎藤 茂吉

¥756
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論文の書き方 (岩波新書)/清水 幾太郎

¥756
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マゼラン・アメリゴ (ツヴァイク伝記文学コレクション1)/S. ツヴァイク

¥2,415
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おろしや国酔夢譚 (文春文庫 い 2-1)/井上 靖

¥610
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文明が衰亡するとき (新潮選書)/高坂 正尭

¥1,260
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菊と刀―定訳 (現代教養文庫 A 501)/ルース・ベネディクト

¥630
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ベースに流れるものは、やはり「戦争論」で小林よしりんが、そして「国家の品格」で
藤原正彦氏書いていたこととほぼ同様です。
子育てのため・・・っていうよりも、国際化社会と言われる時代に対応して
いくために必要なものと、その理由が書かれていると思えばいいかな。
英語で授業が行われる大学でありながら、英語の勉強法にはほとんど触れられていないのが
ワタクシ的にはとても興味深かったです。
はるか遠く、私も及ばないながら、何度か似たようなこと書いているので、改めては書きませんが、
覚えている限りで、読んでおくとよいと勧められていた本のタイトルだけ下記に挙げておきます。
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わかった」みたいなものが多かった・・・いや、そういうことじゃないと思うんだけどね。
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一言で言うなら「温故知新」と「(未知なるものに)目を向ける」ってことかな。
史実に基づく冒険物も勧められていました。
Imputも必要だけど、Outputの場をいかに設けるか・・・ってことが島国日本では困難なのかも。
とにかくまず、自国の古典・歴史ありき、なんですよね。
私も苦手なクチだけど、実感としてそれは思う。
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つい先日小林よしのり氏の「戦争論Ⅱ」を読んだことで、いろいろ考えてしまいました。
「戦争論Ⅱ」についての感想はまた別の機会に譲りますが、最後のほうに書いてあった
「ナショナルな考えを持てないからインターナショナルになれない」という一文は
私がずっと思っていることと同じなんですね。
本屋さんにも本は山積み、外国語学校も教材もあまたあります。
「30日で話せるようになる」なんて心惹かれるタイトルのものも多数ありますが、
外国語が話せるってどういうことだろう?
そもそもここで定義づけられている「会話」って何なのでしょうね?
あいも変わらず「どちらのご出身ですか?」「趣味は?」「申告するものは?」などと
言うのが関の山なんじゃないかと思います。
会話ができない、受験英語の弊害・・・などと言われるけど、基本となる自分の
言いたいことが何もないのに、会話力と言ったところで詮無い気がします。
外国語を話すってことは単なる技術の一つにすぎないと私は思うのです。
ギターやピアノが弾けるとか、テニスがうまいとかそういうのと変わらない。
外国語が話せても、人間性が、能力が、まったく別物になるわけじゃないのです。
今ある自分のレベル以外でしか、あり得ない・・・つまり、その人の持っているもの
以上になれることなどないのです。でもなんとなくこのあたり誤解されがちな気がします。
確かに私に関して言えば、スペイン語を話しているときは妙にアグレッシブになっては
いるけど、持っている知識以上のものは語ることなどできません。
早いほうがいいってことで、幼稚園から取り入れたり、小さいうちから塾に通わせたりする
ご家庭もあると思うけど、私個人としてはどうなのかな~と思います。
親が苦手だったから、子供には苦労させたくない…という考えもありだろうけど、
子供さんには語学力よりも先に、根気良く何かをやり遂げる力をつけるほうが重要だと
私は思います。
だって、この時期に万一英語がわからなくて苦手意識を持ってしまったらどうする?
それよりも苦手なものにも向かっていける精神力のほうが大事じゃないかな。
それに、何かを将来的に成し遂げるような志のある子供さんならば、親が整えなくても
自分で試行錯誤していくと思うんですよね。
私のスペイン時代の天敵ヒロトシはオペラ歌手を志していたのでカンバセーションの時間に
ドイツオペラを朗々と歌って、他の教室から大喝采をあびて一躍人気ものになっていたし、
やはり別の友人はスペイン語はお世辞にもうまくなかったけど、卓球で(スペインは
意外にも卓球がさかん)スペイン選手権に出場し準優勝しました。
以来マスコミにさかんに出演し、街を歩けば誰もが声をかけてくるそんな経験をしています。
楽器ができたり、歌が上手いなんてのは本当に私的にはベストに近いと思うけど
もっとシンプルに折り紙でなんでも折れるとか、珠算、書道を披露するとか、
とにかくどんなことでもいいから何か身につけるほうが重要だと思います。
たとえ披露する機会がなくても何かを熱心に学んできたら、語ることの一つや二つは
誰だって持てるはず。
そういう人がどんなに魅力的かは、別に日本で日常的に生活していたってわかりますよね。
ほとんど話せなくたって、多くの方が海外旅行の楽しい思い出と共に無事生還しています。
たとえば無口だから、話べただから、あるいは何らかの障害で話をすることができない方が
では、何も語ることを持っていないか、というとそうではないでしょう。
1日中とぎれることなくさえずるように話している方のお話のすべてが耳を傾けるべき
内容を持っているかどうか…それを考えてみたって一目瞭然ではないかと。
国際人という定義もあいまいですが、単に正しい文法で流暢に話せる人がそうだと
言うわけではないと思います。
あまりにも使用頻度が高いので使うことに躊躇はありますがやはり「個」として、
あるいは「国民」としてのアイデンティティが重要なのではないかな。
戦争の話題も度々出てきますから、好むと好まざるにかかわらず自分なりの考えを
持っている必要もあるかな。
自国への理解なくしてインターナショナルなんてあり得ないのは事実だと思います。
それはもう右翼とか左翼とかの主義とは無関係に必要なことだと思います。
スペイン語検定1級の2次試験の問題にこんなのがありました。
「スペイン王室と日本の皇室の違いを説明しなさい。」
約5分程度でひとりでこのことについて語らなくてはなりません。
日本の皇室についてだけでも外国の皆様に納得頂ける説明を、私はできないです。
水墨画について、茶道について…こんな質問が過去にもあったようです。
まあ、それぞれの経験、興味によって考え方は異なると思いますが
私はこんな風に長年考えているのです。
「戦争論Ⅱ」についての感想はまた別の機会に譲りますが、最後のほうに書いてあった
「ナショナルな考えを持てないからインターナショナルになれない」という一文は
私がずっと思っていることと同じなんですね。
本屋さんにも本は山積み、外国語学校も教材もあまたあります。
「30日で話せるようになる」なんて心惹かれるタイトルのものも多数ありますが、
外国語が話せるってどういうことだろう?
そもそもここで定義づけられている「会話」って何なのでしょうね?
あいも変わらず「どちらのご出身ですか?」「趣味は?」「申告するものは?」などと
言うのが関の山なんじゃないかと思います。
会話ができない、受験英語の弊害・・・などと言われるけど、基本となる自分の
言いたいことが何もないのに、会話力と言ったところで詮無い気がします。
外国語を話すってことは単なる技術の一つにすぎないと私は思うのです。
ギターやピアノが弾けるとか、テニスがうまいとかそういうのと変わらない。
外国語が話せても、人間性が、能力が、まったく別物になるわけじゃないのです。
今ある自分のレベル以外でしか、あり得ない・・・つまり、その人の持っているもの
以上になれることなどないのです。でもなんとなくこのあたり誤解されがちな気がします。
確かに私に関して言えば、スペイン語を話しているときは妙にアグレッシブになっては
いるけど、持っている知識以上のものは語ることなどできません。
早いほうがいいってことで、幼稚園から取り入れたり、小さいうちから塾に通わせたりする
ご家庭もあると思うけど、私個人としてはどうなのかな~と思います。
親が苦手だったから、子供には苦労させたくない…という考えもありだろうけど、
子供さんには語学力よりも先に、根気良く何かをやり遂げる力をつけるほうが重要だと
私は思います。
だって、この時期に万一英語がわからなくて苦手意識を持ってしまったらどうする?
それよりも苦手なものにも向かっていける精神力のほうが大事じゃないかな。
それに、何かを将来的に成し遂げるような志のある子供さんならば、親が整えなくても
自分で試行錯誤していくと思うんですよね。
私のスペイン時代の天敵ヒロトシはオペラ歌手を志していたのでカンバセーションの時間に
ドイツオペラを朗々と歌って、他の教室から大喝采をあびて一躍人気ものになっていたし、
やはり別の友人はスペイン語はお世辞にもうまくなかったけど、卓球で(スペインは
意外にも卓球がさかん)スペイン選手権に出場し準優勝しました。
以来マスコミにさかんに出演し、街を歩けば誰もが声をかけてくるそんな経験をしています。
楽器ができたり、歌が上手いなんてのは本当に私的にはベストに近いと思うけど
もっとシンプルに折り紙でなんでも折れるとか、珠算、書道を披露するとか、
とにかくどんなことでもいいから何か身につけるほうが重要だと思います。
たとえ披露する機会がなくても何かを熱心に学んできたら、語ることの一つや二つは
誰だって持てるはず。
そういう人がどんなに魅力的かは、別に日本で日常的に生活していたってわかりますよね。
ほとんど話せなくたって、多くの方が海外旅行の楽しい思い出と共に無事生還しています。
たとえば無口だから、話べただから、あるいは何らかの障害で話をすることができない方が
では、何も語ることを持っていないか、というとそうではないでしょう。
1日中とぎれることなくさえずるように話している方のお話のすべてが耳を傾けるべき
内容を持っているかどうか…それを考えてみたって一目瞭然ではないかと。
国際人という定義もあいまいですが、単に正しい文法で流暢に話せる人がそうだと
言うわけではないと思います。
あまりにも使用頻度が高いので使うことに躊躇はありますがやはり「個」として、
あるいは「国民」としてのアイデンティティが重要なのではないかな。
戦争の話題も度々出てきますから、好むと好まざるにかかわらず自分なりの考えを
持っている必要もあるかな。
自国への理解なくしてインターナショナルなんてあり得ないのは事実だと思います。
それはもう右翼とか左翼とかの主義とは無関係に必要なことだと思います。
スペイン語検定1級の2次試験の問題にこんなのがありました。
「スペイン王室と日本の皇室の違いを説明しなさい。」
約5分程度でひとりでこのことについて語らなくてはなりません。
日本の皇室についてだけでも外国の皆様に納得頂ける説明を、私はできないです。
水墨画について、茶道について…こんな質問が過去にもあったようです。
まあ、それぞれの経験、興味によって考え方は異なると思いますが
私はこんな風に長年考えているのです。