「車輪の下」ヘルマン・ヘッセ | MARIA MANIATICA

MARIA MANIATICA

ASI ES LA VIDA.


中学か高校生以来の再読。
あらすじはなんとなく覚えていたけど(あまりにも有名ですし)、
細かい描写は全く覚えていなくて、ほとんど初読状態で読みました。

秀才と誉れの高いハンスは、父親のみならず学校・教会・街の人々の期待を
一身に背負って見事に当時のドイツでのエリートコースである神学校に入学する。
期待と不安に包まれながら始まった学校生活だったが、なかなか馴染めない。
ようやくできた友人も素行の悪さで放校となり、ハンスは次第に輝きを
失っていき彼自身も放校となる。
故郷に戻った彼は、やがて工場に見習工として勤務開始をするものの
友人たちとの過度の飲酒で酔いつぶれ、川に落ち亡くなってしまう。

とても苦いお話でした。
読み手の年代も、時代も、受ける印象に大きく関わると思う。
私が今読み直すと、やはり大人の視点になってしまう。
結構辛辣なことをヘッセは、この作品に出てくる大人たちについて
書いているけれども、たとえ愚かな大人であろうとも
すぐそこに群を抜いて優秀で勤勉で素直な、可能性をより持っている
子供がいたらより良い環境を与えたいと思うだろう。
それを大人のエゴと思う人もいるようだけれども、私はやはり
大人なりの「愛」だと思うけどな。

ハンスの年頃の自分を考えると、やはりハンスの気持ちも私なりにわかる。
少しでもよりよくありたいと思うことも、期待に応えたいということも
特に早熟な子供ならば、野生児のままでいられるわけがない。
大人も子供も、どちらが悪いということではないから悲劇になったのだろう。

先にも書いたように、読み手によって受け取り方は様々だろう・・・それは
どんな作品にも言えることだけれども・・・でも、まあそういう人様の
個人的な感想は気にしないとしても、ヘッセはどんな思いで書いたのかなとは思う。
半自叙伝と言われるように、ヘッセもハンスのように優秀な成績で神学校に進み、
そして放校となる。ただヘッセは85歳の人生を全うしたわけで、その後の人生の差は
それぞれが何を持っていたかで異なるのかもしれない。
個人的にはごくあたりまえのことだけれども、打ち込めるものとか夢中になれるものが
あったら少しは救われたかなと思います。
能力的に同じライン上にほぼ並ぶようなメンバーがまわりにいたら
勉強だけをよりどころにしてきた子供にはアイデンティティは崩れてしまうだろう。

ヘッセの文章を読むと自然や風景の描写の静かだけどその美しさに感動します。
魚釣りを好み、筏で川下りをしたり、うさぎを飼育したりと自然や生き物にも
親しんでいたハンスの体験がヘッセの体験なのでしょう。
こんな感性を持ったヘッセにとっては神学校の厳しい生活は確かに辛かったかもね。

なんだかヘッセとハンスがごっちゃになってしまった・・・苦いけど
やはり心に残る作品でした。

ついでに次男の中1の国語の教科書にあった同じくヘッセの「少年の日の思い出」も
再読しました。
いや~、ガツンときました。
そうそうこのセリフがね・・・もう人間性に斧を振り下ろされて
再起不能になりそうな言葉です。
「車輪の下」よりもはるかに辛いお話でした。


ところで、私の大好きな萩尾先生がドイツを舞台にした「トーマの心臓」という
名作を描いているのですが、その中で主たる登場人物の一人であるエーリクに
ヘッセのことを「詩人になりたい さもなくば生きていたくないとヘッセはいったが
小説家として名をなしてしつこく八十五歳まで生きた。
若いころは学校は退学、本屋につとめりゃ三日で逃げ出すホートー息子」と
語らせているのですが、これがすっかり私には刷り込まれており
ヘッセと聞くとついつい斜に構えて見てしまうのも確かです。
が、それでもドイツ文学は私がドイツびいきであることを除いても
やはり好みだと思います。
この、一見静かでお行儀が良いのに、秘めた情熱みたいな感じがたまりません。



私の持っているのは駒井哲郎さんのエッチングが素敵な表紙です。
新潮で、高橋健二さん訳なのは一緒ですが。


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