「張込み」    松本清張 | MARIA MANIATICA

MARIA MANIATICA

ASI ES LA VIDA.

孤高の作家・松本清張作品です。
昔とても好きでずいぶん読みましたが、重い読後感を考えると
なかなか再読をする気にもなれず、この10年程はまったく読んで
いなかったけど・・・やはり恋しくなって読んでしまいました。

初期の短編の第5集で、「鬼畜」「1年半待て」「地方紙を
買う女」などをはじめとした、映画やテレビドラマ化されたものが
半数を占めるかなり充実度の高い1冊です。

いずれも手法が異なり、質も高く、お見事としか言いようがないけど
私自身のこの1作を選ぶとするならば、昔も今も変わらずに
表題作の「張込み」です。

殺人犯を追う刑事が、犯人の昔の恋人の会いに行くのではと考え
今は人妻となっている彼女の家を、張り込む。
トリックがあるわけでもなく、派手な捕り物があるわけでもない。
犯人も、女性も、作品中で自分の内面を一言も語ることもない。
ただ刑事の実況中継のような独白で、彼らの行動の描写だけが
淡々と綴られているにすぎない。
けれども、犯人と彼女のほんの束の間の幸せと、その後に確実に
訪れる現実や絶望感を考えると、つらい気持ちになる。

「張込み」の女性が嫁いだのは、30歳近く年の離れた
3人の子持ちで、吝嗇な再婚男性だった。
嫁いだ理由をもちろん彼女が語ることはないけれども、
おそらくその殺人犯との過去のできごとが彼女に
引け目を持たせたのだろうと刑事がひとりごちているし
そういうことだろうと私も思う。
いつも能面のような表情でいる彼女が唯一笑顔を見せたのが
その殺人犯と再会した時間だけだったという描写が残る。


この短編集に登場する主脇あわせた女性たちの多くが
愛人と呼ばれる立場にあったり、または、主婦の立場で
ありながらも夫のことで心身ともに消耗している。
それでも離婚という形を考えることは殆どなかったよう。
執着が理由ということもあるけれど、やはり女性ひとり、
特に離婚経験のある女性が生きることは相当困難な時期
だったのだろうと思います。

彼女たちが男性の裏切りにあったことで、形はさまざまなれど
それが直接的・間接的に殺人というものに結びついていった
わけですが、昭和は遠くなりにけり・・・というか、
どの事件も、当時とは女性の立場の異なる現代においてはまず
ほとんどが殺人に結びつくことはないだろうと思う。

読み応えのある作品ばかりで、あっという間に読了しました。
いずれまたあの名作「砂の器」も再読したいと思います。


張込み (新潮文庫―傑作短篇集)/松本 清張

¥660
Amazon.co.jp