「蝶の舌」 | MARIA MANIATICA

MARIA MANIATICA

ASI ES LA VIDA.

スペイン文学ですがジャンルがないので親戚の(?)ラテンアメリカ文学に入れました。

翻訳もののコーナーで物色中、滅多にないイスパニック系の名前を見て、
思わず手にしたところ帯には「ガルシア・マルケス」も絶賛!の文字。
読みやすそうな短編で、翻訳者は私の好きな野谷文昭さん・・・これは読むしかない!

作者はスペイン・ガリシア地方出身のマヌエル・リパス。
この作品でスペイン国民文学賞を受賞したそう。

16篇のごく短い作品からなっていますが、神話風から、アーチャー風から、実に様々な作品集。
ある意味統一感がないとも言えるけど、様々な文章の試みをしているのかもしれません。
中には部屋にある家具や電化製品たちが殺人事件を語ったりもしているものもありました。

印象的なのは、「スパッツをはいた娘」、「そこで独りで」などいくつかありますが、
「愛よ、僕にどうしろと言うのか?」とタイトルは私好みなのに、全く意味のわからないものも
実は結構ありました。残念・・・。

ただなんとなく読んでいて思い出したのは、昔見たスペイン映画の「El Bosque Animado」
(邦題 にぎやかな森)でした。すごく幻想的な印象が重なるのですが、この「蝶の舌」の
映画監督が「にぎやかな森」の監督だそうですから、やはりそういう系統のイメージを
醸す作品なのかもしれません。

一番印象に残るのは作品集のタイトルとなっている「蝶の舌」でした。
(以下完全ネタバレです。)

時期はスペイン内戦の始まる直前。
小学校に入学した少年には大好きな先生がいる。
ヒキガエルのような顔をした先生は博学でやさしく公平だった。
先生の授業ではいつもたくさんのことを教えてもらった。

子供の印象に残っているのはティロノリンコと言う名のオーストラリアに住む
美しい鳥の話と、一緒に採集したイリスと言う名の蝶だった。
少年はこれらに興味を覚え、自分なりに昆虫採集をしていくうちに
先生の一番弟子となり休日にも一緒に虫取りをして過ごすようになる。

月曜日には、少年の手柄を皆に伝えながら戦利品を授業に使い、
少年も自分に自信をつけていく。
両親もそれを喜び、仕立て屋の父が先生に洋服を贈ったり、
食事を共にしたりと、家族ぐるみの付き合いとなっていく。

ある日、突然町や家の様子が変わってしまう。
市役所を軍隊が占拠してしまったのだ。
大人たちはひそひそと話し、やがて母親は新聞や書籍をすべて燃やしてしまう。
父は共和派だったのだが、母は少年に「お父さんは一度も神父様の悪口を言ったことがない。
共和派ではない。市長と友達ではない。そして、先生に洋服を贈ったことなどない。」と
言い聞かせる。少年は納得いかないながらも了解する。

市役所の中からは顔見知りの人たちが後ろ手に縛られて兵隊にせきたてられながら出てくる。
一番最後にいたのは、大好きな先生だった。

母親は他の市民と一緒に「裏切り者!アカ!」と叫びながら、少年にも一緒に叫ぶよう強要する。
父親もはじめは遠慮がちに、やがて母の制止も聞かずに激昂して、信頼し合っていた
先生に向って「犯罪者!」と罵倒する。
泣いている父を見ながら、少年も先生のあとを追う。
でも彼の言葉から出てきたのは「ヒキガエル、ティロノリンコ、イリス」という言葉だけだった。

短いお話ですが、大変切ない作品です。
創作とはいえ、きっと似たような話は当時のスペインには溢れかえっていたと思うし、
それはスペインだけでなく国が変わっても、そして時代は変わっても同じように
繰り返されていることだと思います。

主義主張のために自分の家族を捨てる人もいれば、家族のために主義主張を捨てる人もいる。
どちらが正しいということは言えないのだけど、やるせないお話でした。
父親は先生を「裏切り者!アナーキスト!」と罵倒しながら泣いていた。
この言葉は先生に向けてではなく、自分に向けていたのでしょう。
この子は大きくなった時、この日のことをどのように思い出し、何を思うのでしょう。

映画もぜひ見てみたいと思い、ラストシーンを見つけました。
映画での少年は「Ateo(無神論者)!Rojo(アカ)!」と叫んで石を投げています。
私はこれらの言葉を少年が叫ぶことのない、小説の終わり方のほうが好きですね。
年端がいかないからと言っても、親が先生を罵倒しているのはわかっただろうから
小説の中での少年は親の言うとおりにはできなかったのだろう、またそうであって欲しい。





蝶の舌 (BOOK PLUS)/マヌエル リバス

¥1,050
Amazon.co.jp

蝶の舌 [DVD]/フェルンド・フェルナン・ゴメス

¥1,890
Amazon.co.jp

今日は他にレイモンド・ブリッグズの「風が吹くとき」を読みました。
人にお譲りすることになったので、その前の再読です。
一度読んだきり10年以上も読んでいませんでした。

風が吹くとき/レイモンド ブリッグズ

¥1,680
Amazon.co.jp