「快楽の動詞」の快楽とは彼女が書いているんだからもちろん肉体的なものですが、
なかなか・・・・というよりかなり面白いのだ。
詠美の切ないようなあの世界が好きな方にはどうかと思うけど、
私はこれも鋭くて好きですね。
ひとつひとつの動詞を列挙することはしないけど「そもそもこの動詞がなぜ?」と
いう疑問が出発点となり、動詞を含めた単語、文章、文学それから文壇をも
批評している作品か、と思います。
私にとっての山田詠美は、私が何となく頭でぼんやり感じていたことを
的確に文章にしてくれる人なので、後追いながら共感できる部分はかなりある。
で、彼女の嫌いなタイプ(人間につけ、物につけ)というのが実に私とよく似ているのね~。
(んだよね~・・・)などといつも思わせてくれるのであります。
でもこの本、彼女にとって決して後味の良いものではなかったようで、
あとがきでは「私のビッグミステイクだった」というようなことを書いています。
多少本を読む人なら、あ~これはあの人の文章、あの作家のことね・・・などと
浮かんでしまうくらい的確なんだもの。ははは。
とりあえず龍はOKだが、春樹と似非ハードボイルドが嫌いらしいということはわかった。
動詞の解説?の合間、あるいは前後に超・短編が挿入されていて、
それはとても山田詠美らしい絶妙なものでした。
好き嫌いあると思うけど、彼女はもともと品と言うか、格のある人だと思うし、
常識を知っている人だと思ってます。
そういう人が、どんなに暴れたり、世間的にはまともじゃない風のことをしていても
正論は外してない、って気がしてます。
お嬢様はどんなに汚れ役したって、薄汚くはならない…と言ったら褒めすぎかな。
笑っちゃったけど、彼女もちゃんと文学者として文壇あるいは文学の危機を
感じている人なんだと。
最終章の文壇のタイプ別代表者のバーチャル座談会が笑えました。
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僕は、この本をお気に入りの喫茶店で読了した。
その店は他より多少値が張るけど、なかなかうまいコーヒーを出してくれたし、
ドリンク・バーという名の元、同じカップで何杯も違う飲み物を飲むことも、
それを客が「自分で」行わなくてはならないということも僕には憎むべきことだったから
コーヒー1杯の値段が少しくらい高かろうと、そんなことなんとも思わなかった。
いつもいい感じのボサノヴァが低く流れていて、ちょっと年輩の従業員たちの
サーヴィスはなかなか心地よく、なんとなく海外のカフェを思い出したりもする。
だから僕はいつも、お気に入りの本を読んだり、ちょっとした書き物をするときは
この特別な店にやって来るのだ。
詠美の本を読了した後に読む、村上春樹の「ノルウェイの森」は、
村上作品らしく相も変わらず僕をたまらなく鬱々とさせてくれた。
平日の午後、こんなところで憂鬱だ、などと言いながら時間をつぶす僕を
他人は皮肉ったりするのだろうか。
でも僕にとって、そういった誰かの評価などと言うことは
フィッツジェラルドが狂人となってしまった妻とともにいて尚、
幸せだったかどうかをこの日本で論じるのと同じくらいどうでもいいことなのだ。
・・・と春樹してみた。次回は誰のまねをしようかな。
とりあえずノルウェイの上巻読了。下巻に続く~♪
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