隅田川右岸「浜町河岸」のテラスから
堤に上がると公園が広がります
桜満開の日の写真を貼っておきますね
◇◇◇
ガラ携からスマホに変えて
いろいろ便利な機能があることは
徐々に発見するのですが、
なかなか使いこなせません (汗)
マップのアプリから
地図を載せることができたものの…
上下の不要な部分を削るとか
編集の仕方がまだわからない
とろくて恥ずかしい限りです orz.
ま、そのうちなんとかなるでしょ w
◇◇◇
浜町公園は
熊本藩中屋敷があった場所です
その一角には
文久元年(1861)
藩主細川斎護が建てた寺があります
●清正公寺
・中央区日本橋浜町2-59-2
熊本市に加藤清正が開基の
日蓮宗六条門流九州総導師
発星山 本妙寺という寺があります
この清正公寺は
その本妙寺の別院とのことですから
本尊は十界曼荼羅と思われます
現在の本堂は
昭和34年(1959)再建のものだそうです
2代忠広の時に取り潰しになりました
藩主を引き継いだ細川氏が
加藤清正公を崇拝することで
領民の信望を得ようとしたのでしょう
それだけ清正公は
熊本の人たちに絶大なる人気があり
「せいしょこさん」と呼ばれ
親しまれているのです
この寺の場合は何と読むのでしょう?
振り仮名が見つかりませんでした (汗)
◇◇◇
浜町公園から
並木道を南西方向に歩くと
明治座があります
・中央区日本橋浜町2-31-1
現在の劇場は
平成5年(1993)完成のビルです
明治座の歴史を調べてみると
けっこう波瀾万丈でした
明治6年(1873)の喜昇座が前身で
久松座、千歳座、日本橋座と
栄枯盛衰を繰り返したようです
また、何度も火事に遭い
その都度 立派な劇場を焼失しています
明治26年(1893)
初代 市川左團次が座元となり
明治座の名前が生まれています
この絵は その時の劇場です
歌川国貞(3代目)『明治座開場之図』
現在も引き継がれる
丸に大和桜の紋が 旗に描かれています
この劇場も
関東大震災(1923)により焼失
昭和3年(1928)に再建される際
現在地に移ったようで
喜昇座にはじまる
それまでの明治座は
お隣の町 久松町にあったようです
◇◇◇
移転と言えば
またまた今回
大ビックリのことが!!!
僕の知識の中では
蛎殼町にあるはずの
水天宮(すいてんぐう)が
明治座の前にあったんです
これには、おったまげました
目を疑う というか
何が起きてしまったのか
しばらく呆然としてしまいました
社殿改築のための仮宮だそうです
これについては
もう少し調べてから
あらためて書きたいと思います
ちょっとご無沙汰すると
町というのは変わってしまうもの
ほんとにほんとに驚きです。。。