教師になるつもりはなかった

 

初めて授業をしたのは大学卒業後

母校の高校で英語の非常勤講師をしたときだった

 

その後大学院へ進み、博士後期課程修了とともに

大学の非常勤講師として授業をいくつか持った

 

研究者としての実績(論文や学会発表)を積んだところで

大学に就職し、週に5コマの授業を持った

 

200人くらいの大教室での講義もあったし、20人くらいのゼミもあった

修士論文や博士論文指導の授業は教師一人と大学院生一人の共同作業

 

2020年からの3年間はコロナ騒ぎの中ズームでの授業も体験した

 

パワーポイント作りも上達し楽しくさえなった

 

 

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授業ということばを私は好きでない

 

なんかえらそ~で

 

という以外の理由がある

 

教える側が全知識を独占していて

教わる側はそれを一方的に授けられる

という構造を私は信じていないからだ

 

 

学問とか、もっと大きく言えば”知”というものは

教える側と教わる側が共同で求めていくものだ

 

 

 

教える側の人間は少し長くその分野で情報を集めたり分析したりしているので

教わる側にこれまでの研究成果とか考え方のコツみたいなものを伝えるだけ

 

 

さあ~一緒にこのテーマ考えてみましょうよ

 

 

生徒たちを共同研究者の位置に置いたうえで思考の中にひきずりこむ

 

だから授業の時間は教える側と教わる側のinteractiveな時間である

 

 

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50年近く授業という形で学生たちにコトバを届けてきた

しかし、教えたという実感はない 

ただただ問いかけた 

面白そうな話題で彼らを誘惑してきた

 

 

 

私の授業をうけるとおもしろいゲームソフトを一つダウンロードできますよ

 

~学の~研究というソフトです

 

遊び方や攻略のコツを伝授しますので楽しんでくださいね

 

 

 

 

精神分析っていう分野があってね

人の心の奥へ入っていくとこんな構造になっていてね

だからこんな症状がでているときは

心にこんなことが起こっているみたいなのよ~ 

おもしろいでしょう~ 

あなたの心はどお~?

あなたの愛する人の心はどお~?

そんな人間たちの集団になると集合意識はどんな風に形成されると思う?

社会って、国家って、民族って何?

 

 

ここでおもむろに私がこれまで読んできたテクストや

研究してきた学説を彼らに披露する

 

 

 

 

フロイトって人がいてね~

この人面白い人でこんなこと言ってるのよ~

そのフロイトを研究したジャック・ラカンってフランスの哲学者がいてね~

まあ、難解な論文書いてるんだけど

一か所ドキッとするところがあってね

などなど

 

 

聞き手たちがこちらの話にのってくればしめたもの

聞き手が何も反応しなければこちらの敗北

 

教師というのは究極のエンターテイナーであるべきだ

聞き手を誘惑する詐欺師でもあるべきだ

 

 

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大学で私の授業に参加してくれた学生さんの数は

合計すれば何万人になるかもしれない

 

彼らの心の中に私の言葉の切れ端でも残っていれば

私の教師生活は意味があったのだろうと思う

 

 

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さて、来月は講演を一つ頼まれている

 

私が所属する学会で特別講演をすることになっている

 

 

この学会に所属して40年余り

若いころは特別講演を準備する立場だったり

講師の先生をお招きして司会をする立場だったこともあるが

自分が講演する側になるとなにやら居心地が悪い

 

 

長いこと研究生活してきたので何かしゃべってみろ

退職してひまになっただろう

 

 

という感じでお声がかかったのだろう

 

 

同じ分野で研究している大学教員仲間たちを

どうやって誘惑するか

 

原稿はともかく

パワーポイント作りは楽しんでしまおう!