いつもの通り携帯アプリからよぶのる(オンデマンドタクシー)を予約する。

 

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予約時間ぎりぎりに軽井沢駅北口に着く。

車体によぶのると書いたバンが停車している。

 

XXXX番(予約番号)です。よろしく~ 

 

運転手さんに挨拶してバンに乗り込む。

 

座席はたっぷりあるが、運転手さんに一番近いところに座る。

 

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今日のお客は私一人らしい。早速会話開始。

 

あれっ!!! この前の運転手さん?

 

あちらも

 

この前のお客さん?

 

といった反応。即座に会話が始まる。

 

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昨年の今頃だった。いつものように運転手さんとの会話をしていた。

 

軽井沢のタクシー会社が交代で運転手を出しているのだが、この方は何か違う。

 

普段は軽井沢高校のアイスホッケーのコーチをしていると言うのだ。

 

好奇心にかられた私はさらに突っ込んでしまう。その結果ポロっと出た言葉。

 

父親が軽井沢観光をやっているので。

忙しいときこうして手伝っているんです。

 

な~んだ。軽井沢観光社長のご子息だったんですね。

 

 

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あれから一年たっての偶然の再会。

 

私の調査は止まらない。

 

軽井沢観光は誰がいつ始めたの?

 

ご兄弟は何人?

 

誰が後を継ぐ予定ですか?

 

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翌日届いたメールには以下のような情報が書かれていた。

 

三代前の曽祖父は、

堤さん(西武の創始者)が軽井沢にいらしたときの

専属運転手であった。

 

曾祖父は堤さんを東京に送っていったり、

軽井沢のヘリポートで待機して

ヘリコプターでやってくる堤さんを乗せていた。

 

同時期、堤さんのお付きの方たちを

知り合いの三人が担当していた。

 

その三人をさそって曾祖父が四人でタクシー会社を設立した。

 

それが今の軽井沢観光。

 

 

私が話したKさんは三人兄弟のご長男。ご次男も軽井沢観光で仕事をしている。

 

軽井沢を日本有数の別荘地・観光地にしたのは西武グループの 総帥である堤康次郎の功績が大きかったという。彼の力によって、軽井沢は避暑地から総合リゾート地へと押し上げられたと言われている。その活動の最中、軽井沢観光創始者であるKさんの曾祖父は堤さんをあちこち運んだのだ。

 

軽井沢の歴史の中に、地元の人たちが作った軽井沢観光というタクシー会社がしっかり根付いている。跡継ぎのご長男Kさんと話しをして、ますます軽井沢が好きになった。

 

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軽井沢観光初代タクシーの画像を送っていただいた。