クラシック音楽のコンサート。

 

大規模なオーケストラのコンサートになると、チケット代も高いし敷居も高いと言って、まったく行ったことがないという人も多いかもしれない。

 

父がクラシック音楽好きだったこともあって、私は若いころからクラシック音楽になじんできた。日曜の朝は、NHK第一放送のラジオの「楽興の時」(シューベルト)の開始音楽で目覚めたものだった。父がこのクラシック番組を必ず聴いていたのだ。

 

中学生・高校生のころからクラシック音楽コンサートに通い始め、大学生以降、上野文化会館とか厚生年金ホールとか横浜もみじ坂の県立音楽堂などに親しんできた。今では溜池山王にあるサントリーホールに行くことが最も多い。

 

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昨日、サントリーホールでこれまでにあまり体験したことのない光景に遭遇した。

 

午後2時からのマチネー公演。

 

日本フィルハーモニー交響楽団の第754回定期演奏会。

 

曲目はマーラー交響曲第三番

 

100分もかかる大曲だ。

 

開演前にトイレにいっておくのが必須というこの曲を聞くのは何年ぶりだろうか。

 

クラシックというとよくわからないという人も多いが、マーラーの曲は何か懐かしい響きのする旋律が軸になっている。ユダヤ人の中にあるユダヤの民謡のような要素が響いているのかもしれない。

 

アルトのソロ、少年合唱など多彩な音が含まれて最終楽章に入る。悲哀のこもったそれでいて天国へ続くような壮大な響きの中で100分におよぶ交響曲の最後の音が響いた。

 

ホールに静寂が訪れたが、指揮者の腕はまだ上がったまま。五秒、十秒がたつ。その腕がゆっくり下がっていき、一番下まできて静止する。

 

会場から拍手が沸き上がったのはその時だった。

 

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ブラボーと言う声の中、指揮者とアルトソロの二人がお辞儀をしてはステージ下手にひっこみ、また登場する。オーケストラ団員の中でソロをつとめたトランペット、ホルン、オーボエ奏者などが一人づつ立ち拍手が送られる。

 

そうしたシーンが幾度か繰り返されたのち「これでおしまい」という合図としてオーケストラ団員全員が客席にむかってお辞儀をする。日本フィル独自のやり方だ。

 

 

 

 

 

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これで終わった。さあ、帰ろう。観客はここで席を立ち出口に向かう。

 

というのがいつもの流れのはずであった。

 

ところが、昨日は別の光景が出現したのである。

 

オーケストラ団員たちの姿がステージから消えたあとも、拍手が続いたのだ。

 

二階後方席にいた私の視界には、立ち上がって拍手をしつづける人たちの姿がホールのあちこちに浮き上がっている。

 

 

 

 

 

1分    2分

 

 

今や人影がなくなったステージに指揮者の姿が現れた。

 

 

 

熱心な拍手に応え、彼は指揮台の後ろに立って深くお辞儀をする。

 

これが、うわさの指揮者呼出しのカーテンコール。

 

演奏者たちが引っ込んでしまった後も興奮冷めやらぬ聴衆たちが、指揮者を呼び出すというものだ。長いことコンサートに通っている私も過去に1回か2回あったかどうかというまれな体験である。

 

呼び出された指揮者はカーチェン・ウォン。シンガポール出身の37歳。世界中のオーケストラを振っている。

 

昨日は、日本フィルハーモニーの

首席指揮者就任披露コンサートなのだった。

 

若い指揮者への歓迎の気持ちが異例のカーテンコールを引き起こし、

そんな指揮者迎えた日本フィルハーモニーへの祝福の思い

カーテンコール要求の拍手に込められたいた。

 

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今回選ばれたマーラー交響曲第3番は、ウォンにとって指揮者コンクールで優勝したとき演奏した曲であると言う。

 

プログラムに載せられたウォンの挨拶には以下の言葉が記されていた。

 

 

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コンクールの数か月前の日本滞在中に、

平塚市にある公立図書館でこの交響曲について

時間を忘れ勉強に没頭した思い出もあります。

 

私がマーラーの交響曲第三番の美しさに心を打たれたように

みなさまがこの作品から感動を得てくださることを願っています。

カーチェン・ウォン