
なかなか ハンサムでしょう くいだおれ太郎くん (うん 君よりな)

よーく 見ると鼻筋やアゴのラインがキレイ 横顔がカッコイイ良過ぎます~ (これが あの おもろい くいだおれ太郎なのか)

カッコイイからなのか女性に大人気 (言い訳せんでも女の子撮りたかったんやろ)

気が付けば周りに人ひとです カメラを持つ手も引き気味 (さっさと前に行って撮らんかい)

正面からアップで写真を撮る勇気がありません まるでココは四角いリングです 私は くいだおれ太郎くんと対決 さっきから打たれっぱなしでダウンしそう どうした ぶんた そこへリングサイドから負けを意味するタオルが投げ込まれました 戦いに負けました 悔いが残ります 俺にタオルだなんて 悔いだー! 俺に タオル くいだー おれに たおる くいだ おれ 太郎 バンザーイ バンザーイ くいだおれ太郎くん お疲れさまでした
※ くいだおれ太郎
くいだおれ太郎1階正面にチンドン屋の格好をした広告宣伝用の人形があり、これは「くいだおれ太郎」と呼ばれる。1950年に登場、以降次第に知名度をあげ、1990年代よりは大阪の町を代表する名物として人気がある。
くいだおれ太郎は同店の看板であると共に、ビリケンや通天閣と並び大阪を象徴するオブジェ(動く看板)となっている。文楽人形の製作技術が利用され、制作費は1千万円とされている。電動で休むことなく太鼓を叩いたり鐘を鳴らす・首を振る・口パクするなど一種の「宣伝ロボット」である。太郎登場以前には文楽人形そのものを直接人間が操作して、店への呼び込みを行っていた。なお、顔のモデルは喜劇役者の杉狂児とのことである。
1959年のくいだおれビル建設の際には「店頭の人形は撤去すること」が銀行側からの融資条件に含められてしまった。この当時はまだ「くいだおれの看板」としての知名度は低く、高度経済成長期に入り街が近代化して行く中で、融資元の目には「時代錯誤で街のイメージに添わない騒音を出す人形」としか映らなかった模様である。山田はどうしても太郎を外したくなかったため、同ビルは銀行融資無しで建設されたという。
1990年には「バンザイ人形」と呼ばれる太郎の別バージョンが登場し、同年11月の今上天皇明仁の即位の御大典を祝福した。この「バンザイ人形」は国民の慶事や大阪関係の発展に関するニュースの際に店頭に登場し、バンザイしているとのこと。
1992年に阪神タイガース優勝がいよいよ目前に迫ると、何処となくタイガースのスター選手亀山努に似た太郎が、前回の優勝時に熱狂したタイガースファンらにより道頓堀に投げ込まれたカーネルサンダース像の代わりとして狙われ、道頓堀に投じられるのではという懸念が生じた。そのため、「わて、泳げまへんねん」と題した浮き輪に水中眼鏡という特別コスチューム(ふきだし風の看板が添えられた)に変更された。これが全国メディアで好意的に取り上げられた。また、同年は惜しくもタイガースが優勝を逃したため事なきを得た。
この頃より「くいだおれ太郎」の知名度が全国的に急速に上昇し、観光客がわざわざ太郎見たさに同店に来るようにまでなった模様である。翌1993年には高まる人気もあって、キーホルダー化されている。また、観光客らが太郎と記念撮影する姿も頻繁に見られるという。だそうです