こんな文庫はやめてくれ | 日本語あれこれ研究室

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 最近読んだ文庫本に苦言を呈する。ちなみに「最近」というのはおれが読んだ時期のことであって、新刊という意味ではありません。

 さて、一冊は早見和真の『イノセント・デイズ』(新潮文庫)で、もう一冊は湊かなえの『リバース』(講談社文庫)です。以上の二冊に苦言を呈したいと思うわけであります。

 

 最初にきちんと念を押しておくが、この二冊とも内容はとても面白いのである。どちらも練りに練られたストーリーなのである。

 それなのに、残念なことに、いけないのは巻末の解説なのだ。

 

 まず『イノセント・デイズ』から見よう。

 巻末の解説は辻村深月。解説が始まって2ページくらい進むと次の1行が出てくる。

 

※ここから先は、本編のラストに言及しています。未読の方は、どうか読了後に。

 

 そしてそのあと約5ページに亘って、この小説のラストの内容とともにご自分がどのように感動したかを語って下さる。少なくともおれは、辻村さんの感動の内容を知りたいわけではないのに。

 

 次に『リバース』である。

 巻末の解説は佳多山大地なる人物。この人おれ知らん。しかも有名な辻村深月さえ新潮文庫の解説では文末に「作家」と肩書が入っているのに(大概そうだよね)、この佳多山に関しては何も書かれていない。何者だか分からない。講談社文庫どうなってるんだ?

 で、解説が数ページ進むと次のような上から目線の警告が出てくる。

 

湊かなえが、第一に読者を気持ち良く騙すために練り上げた小説本編を未読の向きは、うかつに以下の文章に目を通されぬよう、くれぐれもご注意を。

 

 そしてこの直後に、堂々と犯人の名前を挙げているのである

 何が「うかつに」だ。何が「くれぐれもご注意」だ。注意しなきゃいかんのはお前だろうが。

 

 紙の本というのは、どこからどのように読もうが読者の自由に委ねられている媒体なはずである。それを、ここからは読むなと指図するとか、解説者風情にそんな権利があるわけがない。

 編集者に強く言いたい。解説でネタバレをすることをなぜ許すのか。初めから厳禁にしてほしい。ネタバレ原稿が上がってきたら即刻破り捨ててほしい。

 解説者に強く言いたい。結末や犯人に言及しないでは面白い解説が書けないというのなら、その依頼を初めから断ってもらいたい。お前には解説を書く資格がない。

 おれは中学から高校の頃にミステリやSFの魅力を知り、本屋で解説を立ち読みしてはどれを購入しようか決めていた。当時の解説は、導入部や設定の面白さを語り、もちろん結末は隠したままで読者を誘惑していた。そのことがおれを読書の楽しさに導いてくれたものだったのだが……。

 

 追記として、泡坂妻夫『湖底のまつり』(創元推理文庫)の綾辻行人による解説を見てみよう。こういう書き方なら読者の興味をさらに引くであろうというお手本である。

これ以上は書けない。ここでたとえ『未読の方は本文を先にどうぞ』と注記したにしても、万一ということがある。最高のミステリ作家が命を削って書き上げた最高の作品。それを前にした読者によけいな情報を提供してしまうような真似は、何をおいても避けねばならない。

 

 

 画像は、半月ほど前だが「台風一過の青空」。