自分のことと日本語についてと

自分のことと日本語についてと

日常生活と普段接する日本語に関して、感じることを気ままに書いていきます

 ネタがたまったら投稿……の、単にダジャレを並べるだけのコーナーです。

 では!

 

 

〇玉鷲関/ナマ脚好き

 

〇スージー甘金/主治医はまだかね

 

〇クオカードが当たった/好感度が上がった

 

〇角兵衛獅子/革命の志士

 

〇プラチナチケット/不埒な盗人

 

〇クライアント/暗い行灯

 

〇深夜放送/シニア暴走

 

〇ファンダンゴ/あん団子

 

〇トーベ・ヤンソン/東武沿線

 

〇日本のあけぼの/基本の揚げ物

 

〇我は海の子白波の/あれは積み残しじゃないの?

 

〇サンタクロース/洗濯ロープ

 

〇ジンジャーエール/神社で会える

 

〇ポークジンジャー/遠くの神社

 

〇姑息な小細工/あそこにモザイク

 

〇やなせ先生は「ニャンダーかめん」の放送を見るといつも、サンライズにFAXで感想を送ってきていた。

 朝ドラ「あんぱん」が終わって久しいが、こんなのを発掘。私の絵コンテ回(40話AB)に対するやなせ先生のコメント。読み返してみたら、めちゃめちゃ嬉しい内容だった。

 

 

 

〇別に菜食主義ではないが、環境のためには人類全体が〝肉食〟を少しづつでも減らしていくべきだとは考える。

 モスでソイパティのバーガーを時々食べるが、「全然これで美味いじゃないか」と思っている。だけどシェアを増やすには、肉より大豆メニューの方が安価にならなければダメだろうなとも思う。

 

 

 

〇我が家ではホイコーローを作るとき、豚肉の代わりにもっぱら厚揚げを使っているのである。ホイコーローに関しては厚揚げの方が美味い、という結論に達しているのだ。

 

 

〇家でときどき調理係の番が回ってくるので、たいてい簡単なものを作る。今回はけんちん汁とポテトサラダと、しらたきのピリ辛。

 ちょうど山本弘『輝きの七日間』を読んでいた影響か肉料理は避けて、肉はポテサラに入れたハムだけだった。

 

 

 

〇電車で隣の席の70代くらいの女性が英語のペーパーバックを読んでいて、そっと覗くと、それは三島由紀夫の『天人五衰』の英訳本だった。

 その時におれが読んでいたのが『輝きの七日間』。

 電車の中で紙の本の小説を並んで読んでいる二人の老人。その一員になれて何だか嬉しかったのだ。

 

〇新聞に西澤保彦氏の訃報がひっそりと載っていた。自分より年下だったとは。

 解体諸因、麦酒の家の冒険、完全無欠の名探偵、人格転移の殺人、彼女が死んだ夜、実況中死……等々、ずいぶん読んだ。そしてやはり『七回死んだ男』には舌を巻いたものだ。

 たくさん楽しませてくれたことに感謝します。

 ネタがたまったら投稿……の、単にダジャレを並べるだけのコーナーです。

 では!

 

〇化野 蓮/はだしのゲン

 

〇断末魔/団地妻/團伊玖磨

 

〇トリアージで選別/とりあえず餞別

 

〇進撃の巨人/還暦のオジン

 

〇ガニメデの優しい巨人/ガニ股のやらしいオジン

 

〇カマンベールピザ/屈んでいる膝

 

〇話がまとまらない/鼻血がまあ止まらない

 

〇悩ましい体/生野菜サラダ

 

〇肌着を脱いだ裸体/鼻毛を抜いたら痛い

 

〇マーケットプレイス/負けとくれやす

 

〇シャインマスカット/ちゃいますんかっ?

 

〇ほのかな匂い/夜中に尿意

 

〇トリコロール/トルコ料理

 

〇灰神楽/バイアグラ

 

〇ハイスペックな試作/アイスピックで刺殺

 

〇エンジンオイル/猿人老いる

 

〇親戚の夫婦にこの夏ダウン症の子供が生まれたので、その子に会う時のために図書館でこんな本を見つけて読んだ。障碍がある子と接するための、子供のためのシリーズ。

 勉強になりました。今の子供向けの本は、良いものが出ているのですね。

 

〇先日のののちやん。

 忍者の呪文が「殷周秦漢隋唐宋元明清」で、そうそう昔こうやって中国の歴代国家を覚えたなあなんて思い出した。

 しかしよく見るとマンガのセリフは「殷周秦漢隋唐宋元明清民」と最後に「民」がついていて、つまり中華民国も入っている。いしい先生はこのように習ったのかな?

 

〇友人の中国人ふたりと食事した(女性と男性)。主に色々とアニメの話をした。 最後におれは「最近、中国人や韓国人やイスラム教徒を排除して日本文化を守るとか言ってる連中がいるがバカバカしい、日本は稲作も漢字も中国に教わったのに」と彼らに言った。

 普通に日本人としての感想を言ったまで。

 

〇松屋の食券自販機は実に難解で、言われるままにDカードをかざしたら「認証できん」とのことで「下記に問い合わせよ」と電話番号が大きく表示された。

 え、客が自分でどこかに問い合わせるの? 後ろで待ってる人がいるこの状況で電話をかけろと?

 すぐに店員を呼んで、「もういい」と言って店を出たよ。

 

〇久しぶりに入ったら、びっくりドンキーもタブレットで注文する方式になっていた。あの、大きな板でドンと置かれるメニューが特徴だったんだけどな。

 こうなると席で店員に直接注文する形式の吉野家は、チェーン店では今や貴重だな。

 

〇昨日、すごいものを目撃した。

 道路で電動シニアカーを運転しながらスマホを見ているババ。

 

〇「空飛ぶクルマ」ってこういうモノだと子供のころから思ってた。

 道路を走行できて、さらに飛行も可能な乗り物。

 万博もやっと終わったか……

 

 

 小学高学年の時のクラスで一番の秀才だったワタナベ君は、毎週日曜日は都心の進学塾に通って中学受験の勉強をしていた。だから日曜の昼食は一人で外食だった。

 そんな彼の6年生の時のクラス文集に載っていた作文を、よく覚えている。

 

 ある日曜日の昼、ワタナベ君は食堂でスパゲティミートソースを注文した。料理と一緒にケチャップのような小瓶がついてきたので、それを23滴かけた。ウェイトレスが「それ辛いから2~3滴にしてね」と言ったがすでに遅かった。粉チーズをたくさんかけたり水を飲んだりしながらでも辛くてどうしても食べられず、結局ぜんぶ残して店を出ることに。……最後の一文はこう。

「おなかは空くし、目の前の150円はちらつくし、ぼくにとっては実にみじめなひと時であった」

 

 数年後、おれもどこかの店でその「ケチャップのような小瓶」、すなわちタバスコに遭遇した。これがワタナベ君の作文に出てきたやつか、とすぐに直感した。スパゲティにかけてみて気に入り、それからはスパゲティには必ずたくさんかけるようになり、やがて当然のようにピザにも使うようになった。

 こうして辛さ勝負でワタナベ君に勝ったのである(小学生と対抗してどうする!)

 

 東海林さだおの2002年のエッセイ「懐かしの喫茶店」にタバスコの話が出てくる。

 東海林が若い頃は「スパゲティにタバスコをかけて食べるのが粋、ということになっていた。」と書かれている。田舎から出てきた友人を喫茶店に連れて行ってタバスコをかけて見せ、「友人が『ナンダベ、ソレ?』と目を丸くしているのを見ては得意になっていたものだった。」そうである。

 しかし東海林の感覚ではタバスコはその後だんだん廃れていったという印象のようで、「いまピザにタバスコをかける人は減っていると思う」ともある。

 

 なんのなんの、おれは初めてタバスコを気に入って以来、今でも盛んに使っているぞ。

 すべてのパスタ、ピザ、洋風のスープ、シチュー、トマト味の料理、チーズ味の料理、ドミグラスソースの料理にはだいたい必ずかけるな。

 タバスコのいいところは、原材料が唐辛子と酢と塩だけで、料理の味を損なわずに辛さだけを加味するところ。ファミレスなどで「タバスコください」と頼んで他のメーカーのペッパーソースが出てくるとがっかりするし、使わないことも多い。

 タバスコこそ、アメリカの発明品の中で最高のものではないかと信じている。

 

 なお、今でもスパゲティにタバスコを使う際には、ワタナベ君の故事に倣って最低でも23滴はかけることにしている。