日本語あれこれ研究室

日本語あれこれ研究室

日常生活の日本語やメディアなどで接する日本語に関して、感じることを気ままに書いていきます

 

 

 今年フィンランドに行ったときの、あるレストランでの出来事を書いてみよう。日本語に関する話です。

 

 ある夕方、フィンランドのイベントスタッフ3人と、おれを含めた日本人3人とで、ヘルシンキのレストランに入った。

 店主らしき陽気なおばさんが、我々が日本人であることに気づいて話しかけてきて、

「この仕事をしていて覚えた日本語は、『ありがとう』と『トナカイ』」

 と言うのである。日本人の我々は「え、トナカイって日本語?」と小さくざわめき、ひとりがスマホで調べ始めた。

 

 実はおれは旅行前にガイドブックを見て、フィンランド語でトナカイは「ポロ」だということを知っていたので、この国の言葉ではないことは分かっていた。で、ロシア語なのではないかと勝手に推測していたのだ。トナカイってトロイカと語感が似ているし。……別に似てないか。

 でも、ロシアのツンドラ地帯に多く生息していそうだしな。

 

 結果。

 「トナカイ」アイヌ語だった。つまり広義の日本語だったのである。

 多分このレストランに来た日本人が、トナカイはサンタクロースのお供だからフィンランド語だと思っていて、「トナカイのステーキ」とか注文したんじゃないかな。店のおばさん、初めは何のことだか分からなかった。でもそれが度重なるうちに、トナカイが日本語であること(しかも日本人は日本語だと思っていないこと)を知ったので、おばさんの印象に残ったのではないかな。

 ……などと想像した。

 

 誰でも知っているトナカイだが、それが何語なのかを、どうしておれは今まで知らなかったのだろう。と、少し口惜しいのであった。

 ちなみにロシア語では「シェーヴェルニィ・オリェーニ」だそうです。ロシア人にとっては身近な動物だろうに、なぜこんなに長いのだろう?

〇最近知り合った人が家族旅行に行って、おれのアイコンと似た猫の絵が付いたジャムを選んで、送ってくれた。

  それから、今仕事をしてるスタジオの制作さんの妹が、うちの猫の図案を描いてピンバッジを作ってくれた。

  近ごろ嬉しかった出来事です。

 

 

 

〇トンデモ本のチラシが、うちの郵便受けにポスティングされていた。

著者がこの辺りの人なのか? このチラシを何枚くらい配ったのか? それによって売り上げは何冊増えたのか?

  謎だらけのチラシだ。

 

 

 

〇フィンランドでもらったお菓子。メーカーが「世界一まずいお菓子」として売っているものだそうだ。

 中身は小粒でグミっぽくて、味は龍角散とか正露丸などの漢方的な感じなので日本人にはさほど抵抗ないかも。キシリトール配合で多少の爽やかさもあったりする。

 時々食べてます。

 

 

 

〇先月くらいの「チコちゃんに叱られる」で「シンデレラの靴はなぜガラスなのか」というのをやっていて、その中のイメージ映像で子供が見ているシンデレラの絵本が、以前に後藤真砂子が挿絵を描いたポプラ社版だったので軽くびっくりした。なぜ番組はこんな小型絵本を選んだのだろうと思って。

 

 

 

〇マクドナルドのハンバーガーが9月末日から150円、チーズバーガーが180円に値上げで、新聞やテレビでニュースにもなってたが、40年以上前におれがマックでバイトした時もバーガーは同じ150円だった(チーズバーガー170円)。

  無理な安売り競争時代を経てあの頃に戻っただけに見える。しかも当時の時給はたったの420円だったのだよ。つまり時給で換算すると当時のハンバーガーは今の2倍以上だったということ。

 

 

 朝日新聞Beに2004年から連載されている「サザエさんをさがして」というコラム。

 毎週ひとつ、原作のサザエさんから一編を選んで掲載して、そのマンガのテーマに沿って当時の風俗や時事ネタを記者が解説するという企画。毎回、原作と同時期の写真も添えられていて、専門家や当時を知る人などからコメントも取っている。

 連載自体は面白い。時代背景がおれ個人の誕生前から中学生時代までなので、驚きや懐かしさもある。

 しかし、解説コラムに激しい疑問を感じる場合もあるのだ。今回はそれを述べてみたいと思う。

 

 上に掲載した画像は、新聞につい先週「コンタクトレンズ」というテーマで掲載された原作4コマの1コマ目である(このマンガが新聞に載ったのは1962年2月)。

 高橋美佐子記者が書いた解説文の冒頭はこうである。

 

《ひな人形を品定めする女性を、赤ちゃんを抱いた男性が見守る。だが、女性は気に入った商品があまりに高額だと知った途端に手を滑らせ、コンタクトレンズまで落としてしまう。》

 

 このあと、この時代にコンタクトレンズが出回っていたことが記者にとって意外だということで、国内で最初に開発したメニコン創業者に取材したりするのだが、問題はそこではない。

 「品定めする女性を、赤ちゃんを抱いた男性が見守る。」という箇所である。なぜこんな表現をするのだろうか。だってこの男性はどう見てもサザエの従弟であるノリスケだからである。

 当然ひな人形を見ているのは妻のタイコだし、抱かれている赤ん坊はイクラちゃんだ。なせ記者は素直にそう書かないのだろう。

 

 

 

 

 実は以前にも同じ疑問を持ったことがあるのだ。

二つ目の画像は4年前の「サザエさんをさがして」に「住宅ローン」というテーマで掲載された原作の1コマ目である(新聞掲載は1967年6月)。

 この時は畑川剛毅記者が解説に次のように書いている。

 

《漫画に登場する若きパパは30代半ばくらいか。住宅金融公庫から融資してもらえることになり、「親の自分が払い終えるから安心しろ」と赤ちゃんをなだめている。定年まで勤め上げれば、十分払えると思っているのだろう。》

 

 25年という長期の住宅ローンが登場したころの作品らしいが、ここでも明らかなノリスケであるキャラクターを「若きパパ」などと呼んでいる。

 信じられないことだが、この二人の記者はノリスケイクラちゃんを知らないのであろうか。朝日新聞の記者なのに? 読者だって、テレビアニメを見ている人ならレギュラーであるノリスケ一家を知らないはずがないのに?

 

 ノリスケ一家を知らない記者たちが「サザエさんをさがして」の担当をしていて、編集長も校閲もその原稿をそのまま通している?

 ちなみにアニメ版の公式ではノリスケは25歳くらいということになっているのに、「若きパパは30代半ばくらいか」という頓珍漢ぶり。

 少なくともおれは呆れ果てている。

 

 

 まず一人目は、東京新聞記者の望月衣塑子氏。

 衣塑子という名前はかなり珍しいと思うのだが、その由来を本人が何かに書いていた。

 

 父親が萩原朔太郎が好きで、男の子が生まれたら「朔」の字を名前に使いたかったのだという。ところが女の子が生まれたので、「朔」を含んでいる「塑」の字を使って「衣塑子」に決めたのだそうだ。

 しかし、「朔」の字を使いたいのなら「衣塑子(いそこ)」という複雑な漢字にしなくても、例えば「朔子(さくこ)」でも良かったのでは?と思ったりするが、別におれが意見することではありませんね。

 

 望月氏は就活の時、新聞記者になりたかったので読売新聞にも応募しようとしていたが、父親から「読売はやめろ」と止められたという。当時は新聞ごとに報道姿勢が違うことを知らなかったそうだが、結果的には読売に入社しなくてよかったのではないかと思う。

 

       *

 

 人工知能研究者の黒川伊保子氏という人がいて、先の「いそこ」さんとこの「いほこ」さんが語感が似ていることもあり、二人目はこの人です。

 

 『ことばのトリセツ』(集英社)という著書によると、黒川氏の父は長野県伊那の出身、母が福岡県伊田町出身、二人が結婚して住んだのが東京恵比寿の伊達町だったので、「伊」に縁のある二人に保たれる子なので「伊保子」になったのだという。

 名づけの由来は分かったが、この本にはそれとは別にとんでもないことが書いてある。

 

 黒川氏の息子が2歳のときに、黒川氏のトレーナーの中に入り込んだ息子が「ゆうちゃんここにいたんだよね」と言った。さらに、「ママは、あかちゃんがんばって、ってゆった」と言ったのだという。

 黒川氏は臨月の頃におなかをさすって「あかちゃん、がんばって」と言ったことがあるそうで、だから息子が体内記憶を持っていると確信したのだそうだ。

 で、「その前はどこにいたの」と訊いたら、息子の答えは「木の上にいて、ママと目が合って、それでここにきた」というものだった。

 体内記憶を語る多くの子供は「母を選んできた」と確信していて、黒川氏の息子もそうだったので、彼女は泣いたそうだ。

 

 これは、ある意味で危険な考え方だ。子供が母を選んで生まれるという発想を信じるなら、例えば先天的な障碍児や、親に虐待される子供や、そういう子はある種の自業自得だという考えに結び付きかねないと思うから。

 子供が両親の遺伝子を受け継いでいるのは確かだが、紛れもない「その子」が生まれたのは「その子」が受精したという偶然に過ぎないと受け入れるのが、健全な捉え方だと思う。

 

       *

 

・参考資料1 『健全なる精神』(呉智英・双葉社)からの引用

 (子供の3割が体内記憶を持つという記事を産経新聞が掲載したことについて)

『おなかの中は暗くてあったかかった』だの『生まれる前はお空にいたよ』だの、正気とは思えない〝証言〟を載せている。(中略)記事を書いた岸本佳子記者は、『幼児作話』という概念を知らないのだろうか。

 

・参考資料2 『トンデモ本の世界U』(と学会・楽工社)から山本弘の文章の引用

 (黒川伊保子著『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』の書評の中で)

本書の中には、統計や実験に基づいた実証らしきものはまったく出てこないのだ。貧弱なリサーチと、偏見に満ちた主観的印象、穴だらけの論法、強引な後づけの理屈だけで構成されている。