
小学高学年の時のクラスで一番の秀才だったワタナベ君は、毎週日曜日は都心の進学塾に通って中学受験の勉強をしていた。だから日曜の昼食は一人で外食だった。
そんな彼の6年生の時のクラス文集に載っていた作文を、よく覚えている。
ある日曜日の昼、ワタナベ君は食堂でスパゲティミートソースを注文した。料理と一緒にケチャップのような小瓶がついてきたので、それを23滴かけた。ウェイトレスが「それ辛いから2~3滴にしてね」と言ったがすでに遅かった。粉チーズをたくさんかけたり水を飲んだりしながらでも辛くてどうしても食べられず、結局ぜんぶ残して店を出ることに。……最後の一文はこう。
「おなかは空くし、目の前の150円はちらつくし、ぼくにとっては実にみじめなひと時であった」
数年後、おれもどこかの店でその「ケチャップのような小瓶」、すなわちタバスコに遭遇した。これがワタナベ君の作文に出てきたやつか、とすぐに直感した。スパゲティにかけてみて気に入り、それからはスパゲティには必ずたくさんかけるようになり、やがて当然のようにピザにも使うようになった。
こうして辛さ勝負でワタナベ君に勝ったのである(小学生と対抗してどうする!)
東海林さだおの2002年のエッセイ「懐かしの喫茶店」にタバスコの話が出てくる。
東海林が若い頃は「スパゲティにタバスコをかけて食べるのが粋、ということになっていた。」と書かれている。田舎から出てきた友人を喫茶店に連れて行ってタバスコをかけて見せ、「友人が『ナンダベ、ソレ?』と目を丸くしているのを見ては得意になっていたものだった。」そうである。
しかし東海林の感覚ではタバスコはその後だんだん廃れていったという印象のようで、「いまピザにタバスコをかける人は減っていると思う」ともある。
なんのなんの、おれは初めてタバスコを気に入って以来、今でも盛んに使っているぞ。
すべてのパスタ、ピザ、洋風のスープ、シチュー、トマト味の料理、チーズ味の料理、ドミグラスソースの料理にはだいたい必ずかけるな。
タバスコのいいところは、原材料が唐辛子と酢と塩だけで、料理の味を損なわずに辛さだけを加味するところ。ファミレスなどで「タバスコください」と頼んで他のメーカーのペッパーソースが出てくるとがっかりするし、使わないことも多い。
タバスコこそ、アメリカの発明品の中で最高のものではないかと信じている。
なお、今でもスパゲティにタバスコを使う際には、ワタナベ君の故事に倣って最低でも23滴はかけることにしている。