宮沢賢治童話集 3 狼森と笊森、盗森・祭の晩 | 風景の音楽

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“のすたるジジイ”が30~50年代を中心にいいかげんなタワゴトを書いております。ノスタルジ万歳、好き勝手道を邁進します。


令和3年2月24日(水)
宮沢賢治童話集 3 狼森と笊森、盗森・祭の晩(★★★★★)


Side 1
1.狼森と笊森、盗森
 朗読:宇野重吉

Side 2
1.祭の晩
 朗読:長岡輝子

挿画:司修

Recorded 1971
Released by 中央公論社 MCK-3

今朝は晴れてはいるがたいそう寒い。
寒の戻りと春の陽気とをくり返しながら
春に移っていくのは毎年のことだが、
それを味わい愉しむなんぞ到底敵わぬ。

中央公論社のVINYL付き宮沢賢治童話集の第三巻である。
第二巻は欠けているので古書店で探しているところだ。
この第三巻の朗読は表面が宇野重吉、裏面は長岡輝子。
挿画が司修というのが実にヨロシイ。

司が33歳の時の挿画である。
アタシは司のリトグラフがとても好きで
彼のリト挿画の本を何冊か持っている。
SFマガジンにも司が挿画を描いたものがあった。

狼守は“オイノもり”、盗森は“ぬすともり”と読む。
笊森はそのまま“ざるもり”だ。
昔は東北地方の森深くには狼がいたものだ。
皇太子が天皇になるとき、狼と向かい合って一晩を過ごしたそうな。

その神秘的な狼も今では絶滅してしまった…。
この物語には狼森、笊森、盗森がそれぞれ農民の持ち物を奪い去り、
農民が探しに出るエピソードがくり返し描かれる。
始めは童子、次は農具、最後は収穫した粟が持ち去られる。

民話でエピソードが何度も繰り返されるのに倣ったのだろうか。
宇野の素朴な語り口が実に味わい深い。
岩手山の語りだけにはエコーが掛かる演出だ。
生のまま何の加工もせぬ“鉄板エコー”の音に時代を感じる。

裏面では“祭の晩”を長岡輝子が朗読している。
淡々とした語り口に鮮やかに情景が浮かび上がる。
村の秋祭りに出掛けた亮二という子供が
見世物小屋で大きな身体をした“山男”に出逢う。

山の奥深くに暮らしている“山男”は
ダイダラボッチかもしれないし、カシマ様かもしれぬ。
亮二は食い逃げと誤解された山男に白銅貨を与えた。
その夜中に大きな音がして薪が百把、栗の実が八斗届けられた。

この“山男”は山窩がモデルではないかとおもっている。
かつて父が昔語りに、山からときどき山窩が里に下りてきて
物々交換をしたものだと言っていた。
賢治もそんな話を見聞きしたのだろうか。

これは長岡が63歳の録音である。
彼女は岩手県盛岡市生まれで宮沢賢治と同郷である。
この録音が行われた昭和46年から長岡は
宮沢賢治の作品を盛岡弁で読む朗読会を始めている。

その朗読会を聴くことはもう叶わないが
長岡の盛岡方言で朗読をきいてみたかった。
この物語のおしまいは“風が山の方で、ごうっと鳴っております”と
締めくくられる。

(長岡輝子の朗読)