荻上チキさんインタビュー最終回「ウェブ時代のアジェンダ」 | マンガ論争勃発のサイト

荻上チキさんインタビュー最終回「ウェブ時代のアジェンダ」

まとめサイトは足場になるか?

--サイバー空間ができてから、市民運動の在り方が変わりつつあるんですけど、その方法論を誰も構築できていない。メールを流す、ホームページを作るくらいしかなくて、その上のステージになかなか発展していかない。イラク戦争の頃から言ってるはずですが、変わってこない。

荻上さん:「メール とブログができたことはけっこう大きなことだと思うんですが、結局は使い方です。2ちゃんねるの論争的なテーマのスレッドとか見てると、たまに別のスレが 貼られて、コメントで『オマエラ応戦してくれ』とか書いていて(笑)。2ちゃんねらー同士の喧嘩に力を注いでも、全く意味がないのに、妙に張り切ってたり するわけですよね。
 
 それなら、ある種のまとめサイトみたいなもの一個作ってしまって、こういう声が一杯あるんですっていうようなものを纏めると同時に、今後多くの人々がそ のまとめサイトを使うことによって、個別の運動を展開していく足場を作る。あるいはネットを通じて、主要プレイヤー同士の活動を計画的にやるとか。まあ、 どれも別段新しいことではないですよね」

--ミクシィに準児童ポルノ法反対コミュができて、チェックしてるんですが、まとめサイトとかの構築が先行して理論ができてない。

荻上さん:「ユニセフ協会がどうやらアレゲな団体だという話だけはあちこちに書かれてましたが(笑)」

--インターネットの限界だと思ったのが電話だと一言ですんだりすることが、コメン トの応酬で全然に前に進まないなと。これも技術が発展してリアルタイムなやりとりが実現すれば変わってくるんでしょうが…。極端なこといえば、家にいたっ て『マンガ論争勃発』みたいな本は作れるんですよ。電話インタビューとメールで補足して作ることができないわけじゃない。でも実際に会って話してみると直 接的な対話の方が強いんですね。

荻上さん:「そりゃそうでしょう。もちろん、書かれた言葉のように、反復される情報の強みはあります。情報量が多ければいいというわけでは必ずしもない」

--保守的な立場から言うと、その点からもインターネットは怖いと思ってるのがわかりますね。

荻上さん:「いや、保守的な人たちもインターネットのカスケード現象みたいなこと言われてるような形で政治運動を展開している部分もあるわけですよね。男女共同参画条例があちこちでできた時はカスケードの力を使って署名の数を稼いだ。逆ができないわけではない。
 運動のレベルではネットでできることと、リアルでできることって依然と区別されていて、別にネットが登場したからってラディカルな逆転劇に使えるって話 ではないので、きっちり使い分けていけばいいのかなと。そのあたりは運動論の話になっていくのであまり僕が口を挟むことじゃないなって気がしますけど (笑)。常に前近代的な、数の論理と声のデカイのが勝ちってのが今後も続いていくんだろうし」

--インターネットによって、それも相対化されているような気はするんですけど、その相対化が効き過ぎて、よほど名のある人が話しないと誰も聞かないとか。

荻上さん:「うーん。いや、一生懸命ブログを更新するのもいいんですけど、それだけで全ての目的を叶えるのはムリだという当然の話で。もちろん、ブログで発言力を手に入れることで、ロビイングの場に呼ばれるような例もないわけではない」

--ブログって、なかなか誰も読まないもんだと感じたのが、今、このブログはジャンルランキングが500位前後なんですよ。2000人くらいしか見てないのに。一万くらいブログがあるはずだから、あとは誰も見てないってこと?

荻上さん:「このブログは一日何ヒットくらいですか?」

--基本が1500ぐらいで、多い時で3000、4000行ってますね。最高で15000超ですが

荻上さん:「おお。平均的なブログよりははるかに成功しているんですね。1000を超えるアクセスのブログって、全体の1%程度だといわれていますから」

--いくらインターネットが発達しても本というモノがあるのは強いと思うんですよ。

荻上さん:「教科書 を作る会のサイトのPVがあんだけ少なくても、彼らはファックス通信とかで連絡とったり、あるいは売れない本をガンガン国会議員とかに撒くんですよね (笑)。そういう強みはあるでしょう。みんながこの一冊を読んで、議題を設定する。運動のノウハウは基本的には変わらないので、切断されている部分をつな げるという意味は書籍にはあるでしょうね」

--議論をする場を持たないと話が始まらない。例えば児童ポルノ法改正推進派の議員に取材を申し込むと断れるんですよ。それが彼ら、彼女らにとっては重要な問題で国民に対してアピールしなければならない問題であれば、もっと多くの人々に語るべきだと思うんですけどね。

荻上さん:「票に結 びつかないと思われているところが多分にあると思いますね。それから、議題設定の枠組みの中で、低位に置いても構わない言説であると思われている。表現の 自由を認めろというような論理よりも、こうなっちゃうからやめた方がいいぜ、といったネガティブな結末をぶつけた方が話は聞かれやすいのでしょうね」


--これはもう前から語り合ってることなんですけど、情報統制にしても、表現規制にしても、国益にとってマズイよ、産業にとってマズイよ。日本はこれからそれで喰っていくしかしようがないんだよと。

荻上さん:「表現をしていくプレイヤーを一気にごっそりなくすことが、本当に<次世代を育てる>ことになるの?とかね」

--露骨に言えばカネの問題なんですよ。規制をやると国が貧乏になるよって言い方はアリかと思うんです。ネミングとかもそうですけど、『そういう芽を潰しちゃっていいの? 
 次世代のビル・ゲイツが出るかもしんないぞ』と言っちゃっていいと思うんですよ。大人のできることってヌルイ目で見守ることしかできないし、極端な問題が出た時に対応する程度のことでしかないわけです。 
 
 何から何まで、例えば外歩いたら転ぶかもしんないから子供は全員杖持たせろとか、実際、ドロップハンドル禁止とか、自転車通学は全員ヘルメットとかやっ てるわけですよ。話飛ぶけどエコ袋推進にしても、じゃあレジ袋作ってるトコはどうするの? って議論はあんまり見えてこない。
 ゴミ袋はどう調達するの? 誰かが作って売ってるわけだ。東京都の場合は炭酸カルシウムのゴミ袋を売ってるわけだけど、レジ袋の業者はそっちにちゃんと転換できてんのか? 転換することによって彼らは生き残れるのか? 
 そういう議論なしで、レジ袋なくしたらドラム缶何本節約できて、地球温暖化がこれだけせき止められましたって言ってるけど、トータルで見たらそうじゃな いだろうと。児童買春の問題にしても、単にそれを禁止すれば終わりではなくて、例えば東南アジアの貧困地帯で、児童売春を禁止すると同時にどう経済的にケ アしていくのかということまで考えないといけない。教育もそうですね。子供の労働力に頼っているような地帯だと、学校を建設するだけではすまない。


荻上さん:「表現としての搾取ではなく、具体的な搾取として問題化できるし、すべきですね」

--そうなると共産主義革命によってという発想が出てくるんですが(笑)。そうじゃないモデルを提示しないといけないんじゃないか。

荻上さん:「何故だ(笑)。そういうモデルを提示するってのは誰もが失敗してきたことなんで、これからも失敗するでしょ」

--ヨーロッパの新左翼系と呼ばれる人々、オルタナティブな社会が可能だというスローガンを掲げてますが、じゃあ、それはなんなの? と(笑)。

荻上さん:「攪乱とかオルタナティブって言葉が好きなんじゃないですか?(笑)でも掛け声は元気だけど、内容を見ると力が抜けるものとか多いですよね」


長いスパンで考えること

--規制問題に話を戻しますと、ぼくらは感覚的にすぐ阻止しないと大変だと思ってい る。でも、今の状況を変えようとすれば5年、10年かかる。勝ったからといって問題が解決してユートピアが訪れるんじゃないし、負けたから破滅でもないと いうことをしっかり押さえておかないと、5年10年、それこそ50年100年というスパンで考えていかないと、いけないわけですが…。

荻上さん:「すごい 直近の議論と、ここ数十年の国益をどう確保していくか議論と、ここ100年の近代社会設計のような形で設計していく話はそれぞれしっかりやってく必要があ るんですけど、それらの利害はそれぞれ別ですよね。また、表現の自由を守ることとは別に、具体的差別の解消の議論には、オタクの立場から参加していくこと だって可能になるでしょうし。
 よほどのプレイヤー不足なのか、僕でさえ直近の問題として議員さん達に働きかけたりとかはしてるけど、もっと得意な人がいるはず。若造の話聞いてくれる人はごくごく少ないから限界もあるので、頑張ってくださいよ昼間さん(笑)」

--今、これに取り組んでくれる人が少ない。10年前は宮台さんがいた。今も宮台さんしかいないみたいな状況ですが、規制したがる側が『子供のために』って理論を出してきて、それに対抗する理論がまだできてない。

荻上さん:「ないわ けではないんですけどね。例えば擬似統計の指摘、擬似問題の指摘。ユニセフ協会が掲げていた『海外の性犯罪者の何割が児童ポルノに触れてましたよ』って何 の意味もない統計ですよね、とか、『そもそも子どもって誰よ?』っていうことを問い続けていくしかない。犯罪被害者の視点に立って刑法を書き直すことが 誤っているように、子供の視点に立って法律を書き換えることこそが間違っているんだと丁寧に言い続けていく。その作業に、一発逆転なんてないです。政治で すから」

--そもそも刑法が教育刑としてあるってのが大前提にあるはずなんだけど、誰も知らないのかって。

荻上さん:「主体は誰かってことですよね。社会主体の損益にかかわるものなのか、個人主体の損益にかかわる問題なのか」

--近代国家においては、刑法で犯罪者を罰することによって教育的要素を与えるって ことで仇討ちとかを廃止してるじゃないですか。歴史を学んでればわかると思うんですけどね。もっと、みんな知識を持った方がいいと思うんですけど、先日、 知識持とうよって書いたら、『知識なんかなくていいんだ』って書くやつがいて、それはマズイだろ(笑)。

荻上さん:「なん じゃそりゃ(笑)。知識はもちろんあったほうがいいに決まってる。それに加えて、シミュレーションも出来る限りしたほうがいい。今でも数多くの規制がはた らいているけれど、システム的な条件が変わると既存の慣習でも意味が変わるというのも当前のことで、メディア的条件などについて考えるなら、単に児童ポル ノやその他犯罪抑止の議論が、ある目的-効果の計測だけで築くことが出来るのもないことは言うまでもないですよね。
 
 情報技術に対するある種の欲望を徹底すれば、あらゆる違法行為の予兆も見逃さないようにしようということにもなる。しかし、人の行動にはその「兆候」 が、あるいは意味的な反復が出来るといったような、通俗的な意味での精神分析的な発想って、それ自体が疑わしいわけですし。あるいは未だに、大きな<事 件>が起こると、そこにある種の象徴性を読み取りつつ、何かしたらの対策が不十分だったからだという<教訓>を読み取らなくてはならないとする強迫観念に 近い感覚が共有されている。とにかく広い意味で、

今後もコード一つで、メディアの性質がガラリと変わるってことはあり得るので、ある種の発想を無意識の前提にしつつ、さらに<今・ここ>のシステムを前提にしすぎののはマズイ、と。今のフィルタリングの議論は数年後には通用しなくなってるでしょうし」

--単純所持処罰化とダウンロード禁止化、実効性ほとんどないんですよ。ところが、 これ、技術がちょい進んで、全国民のPCにスパイウエアをほおりこんでいいってゴーサインが出ちゃったら、完全に監視できるんですよ。そういう危機感が希 薄ですよね。『持ってないから平気だろう』とかさ、『警察はそこまでやらないだろう』とかさ、『運動にも何にもかかわりもってない、普通の生活送ってるん だから』とか。

荻上さん:「特定の コミュニケーション監視システムを前景化することっていうのはやっぱりマズイですよね。普通に考えて、誰にその権力を握らせるのかみたいな、予算はどうす るのか、そこまでのレベルで誰が合意しているのかとか、大きなテーマになるわけじゃないですか。でも、第三者機関ならキレイなはずだみたいなアホな思い込 みもある現在で、そんな話がまともに行われているようにはどうも思えない」

--直近でいうと児童ポルノとダウンロード違法化について、ですが、明確な理論が存在していないんで、でブログで早めに公開した方がいいなと思ってるんですけど。

情報設計と世界設計

荻上さん:「それはやったほうがいいよね。法が通っても、やめないほうがいい。僕はどの当事者でもないけど、ガチ当事者が声を上げる回路はどっかにあったほうがいいと思います」

--当事者といっても、現在も違法な実写の児童ポルノを愛好しているような人々は問 題なわけで、そこのところはハッキリさせないといけないと思います。漫画家とか出てきて欲しいんですけど、現時点では漫画は児童ポルノじゃないし、目をつ けられるのをいやがるってのも解ります。漫画愛好者という当事者の中には、マンガを児童ポルノにされたくないばかりに、児童ポルノ法全体に反対みたいな論 調になる人がいる。児童ポルノ法の精神自体はね、いいことだと思うんですよ。実際、子供への性虐待ってあるわけだし、人権と生命と身体を守らなければなら ない。これは大前提です。

荻上さん:「そうで すね。ここ数年の着エロブームにも、ティーンズのアイドルが嫌な目にあったりとかしているケースもあったりして。それに対して、表面的には<スジ>はだめ にしましょうとか、そういうレベルで議論されると撤退戦にしかならない一方で、その構造自体にはあまり切り込めない。子供の人権を守るとはどういうことな のかって議論は、もっとストレートにできるはずなんですよ、マンガ関係者からでも。一方で、具体的な搾取をなくすために、社会主体に一気になんとかしてし まうという発想はマズかろうと」

--イギリスに2003年に性犯罪法ってのがあって、具体的に家族を児童ポルノに勧 誘することが罪になって、性的グルーミングが罪になって、具体化してるんで、改正するんだったら、そっちに改正した方がいいんじゃないですかと思うんです けど、そういう議論は出てこない。また、R15が摘発された時に、最初児童ポルノ法で動いたんだけど、立証が難しいっていうんで児童福祉法の方で切り替 わっちゃった。児童ポルノ法自体がどれほど実効性持っているのか?


荻上さん:「本当はそのアジェンダが共有されていいはずなのにね。大きな刀を欲しがるばかりになってしまう」

--大きな刀にしても、取り締まる対象拡げても実効性あるのかというのが一つの問題だし。

荻上さん:「児童ポ ルノを全部反対というのは無理だろうと思うわけですよ。これほど情報流出がガーっときてる場合には、それに対するケアみたいなものを法で整備するという発 想も出てきてしかるべきだろうとは思うけれど、ゼロにすることを至上命題にした瞬間に、多くの弊害を生んでしまいますから。このことは繰り返し、何度言っ ても足りないくらい。そのうえで、総合的かつ具体的な提案をしていかなくてはならないんだよね。論点ありすぎで大変だけど(笑)」

【了】

<取材:永山薫/昼間たかし 構成:永山薫>

<編集後記>
膨大な情報量となった荻上さんへのインタビュー。
ぜひ、ダウンロードしてゆっくり読んで頂くことをお勧めする。大量に加筆して頂いてありがとうございます。

 そういえば、この取材を行った春頃に立ち上がっていたミクシィの「準児童ポルノ法反対コミュ」(その後「全員容疑者!児童ポルノ法案の罠」に改名)では、一部の有志によって学習会など活発な活動が行われ、筆者(昼間)も何度か招かれている。

 この学習会は、これまで表現規制に反対する運動を行ってきたNGO-AMIのほか、コミックマーケット準備会や全国同人誌即売会連絡会など、様々な団体が協働して「創作物の規制/単純所持規制に反対する請願署名市民有志」を設立するところまで、発展している。
 
 一方で、このコミュニティでは「ネットを中心とした運動」を唱えるグループもあり、こちらは「子供の人権と表現の自由を考える会」なるサイトを立ち上げたものの、その後なんら活動を行うことができず既に破綻している。
 こちらのグループ、会の代表者が海外在住(この時点で既にオカシイ…コミンテルンか何かか?)の点を指摘され「ITツール駆使すれば、海外だろうがどこ だろうが連絡は常に取れる」とか「ネット上での活動もリアルな活動」という発言をおこなっていた。
 「ネットを中心」ではなく「ネットだけ」で、政治に対してアプローチでき ると思いこんだのが破綻の原因であろう。
 
 このように運動組織の構築と破綻という短期間に起こったふたつの展開は、サイバースペースを使った新たな運動のあり方を考える上での素材となり得るだろう。

 さて、荻上さんの新著『ネットいじめ』も、いよいよ16日(水)に発売となる。
 規制問題の今後を考える上で、必ず読んでおくべき内容であろう。是非、ご購入頂きたい。

(昼間たかし)
ネットいじめ/荻上 チキ
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サイバースペースを使った運動の問題については、こちらも。(ちょっとどうかと思う内容だけど一応)
未来派左翼 上―グローバル民主主義の可能性をさぐる (1) (NHKブックス 1106)/アントニオ・ネグリ
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未来派左翼 下―グローバル民主主義の可能性をさぐる (3) (NHKブックス 1110)/アントニオ・ネグリ
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