探偵少女 mkt 01 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

探偵少女MKT


第一回
 道重さゆみ 通称 さゆみ
 亀井えり  通称 えり
 田中れいな 通称 れいな
 滝沢秀明 通称 たーちゃん
      これは特別不良少女鑑別所に入れられていた三人の不良少女が自分の肉体を武器に警視庁特別捜査マイナス一課員として活躍する物語である。
      
(小見出し)捜査マイナス一課
警視庁捜査マイナス一課部長ミスターDは受話器を電話本体に戻しながら三人の捜査員がこの部屋に入って来るのを待っていた。
この部屋はどこかの会社の応接室のようでとりたてて変わった様子もない。
ただ一つ変わっている事と言えば、いや、この部屋の外見ではなく、この部屋の内部を調べたらいくつでもこの部屋の特殊性、この捜査マイナス一課の変わったところが見つかるだろう。
まずこの部屋の周囲は特殊チタニゥム合金で出来ている。
まず外部のいかなる盗聴作業もこの部屋の中では不可能だ。また通常の道具ではこの部屋を壊してこの部屋の中に侵入する事も不可能だ。
そして警視庁内部の人間でさえこの部屋に入る事も出来ず、この部屋の存在すら知らない。しかし、警視庁内部ではこの捜査マイナス一課は予算も計上され、捜査員も地方公務員の身分を与えられ、五十人ほどの人数を擁している。中には元不良少女もいた。そして名目上は交通課の中の分課ということになっている。
この課が捜査マイナス一課と呼ばれ、法や治安の網をくぐり抜ける特殊な事件を取り扱う課だということを知っているのは警視総監と内閣総理大臣だけなのだ。
 この課の活動状況というのは、捜査員たちがこの部屋に入って来ることはほとんどない。普段捜査員たちは市井で一見普通の生活を送っている。ある物はスーパーマーケットでレジを打っている。またある者は大学で講義を受け、また主婦をやっている者もいる。しかし捜査マイナス一課部長Dの招集がかかるとこの部屋にやって来て任務を遂行するのだ。
 この部屋に入る方法はこうだ。警視庁内部のある階の男女両方の便所の、ある秘密の空間の前で暗号装置により壁の一部が開くのでその入り口を通って捜査マイナス一課の司令室に入ることが出来るようになっている。
 Dは三人の捜査員を待っていた。
捜査マイナス一課の中でももっとも優秀な三人の捜査員をである。
 迅速な行動、正確な判断、的確な分析力、ねばり強い捜査、どれをとっても上位にランクされていた。
 そして今度の事件ではことごとくこれらの条件をクリアーしていなければつとまらないだろう。その事を考慮した人選だった。
Dはもう一度封筒の中からどこにでもあるような便せんを取り出すとその文面に目を通した。
「事情があって私の名前は明かせません。私は日本テレビに関係している人間です。この局内でおぞましい殺人事件が起こるに違いないと怖れ、やむにやまれない気持でその惨事を阻止するために捜査をただちに始めて欲しいと懇願するしだいです。
何しろこのテレビ局に関わった人間が二人も変死しているのですから。
これら二人の人物の死は新聞にも取り上げられず日本テレビとの関わりにも全く誰も気づいていません。しかし、私にはわかっているのです。これらの変死には日本テレビのある人間がかかわっているに違いないという事を。
 それなら何故その犯人の名前を上げなかったり私の名前を言わないのかといぶかっていらっしゃるかも知れません。しかし私は怖いのです。その犯人の目が私に向いて来る事が。
 どういう経路で私の事がその犯人にわかるかも知れません。あなたがたを信頼していないわけではありませんがこの手紙が誰の目にふれ、私の事がわかるかも知れません。何しろ犯人は警察の内部にも知り合いがいてそこから犯人が私の事を特定しないとも限らないからです。
 しかし、凶行が起こる事は確実です。どうか捜査に着手してくださいますよう、切に切にお願い申し上げます」
 この手紙は警視総監からまわって来た。本来ならこんな手紙はいたずらとしてごみ箱に捨てられて当然なのだが、この手紙が届いた場所が特殊な場所だった。
 警視総監の愛人宅に届けられたのである。警視総監の愛人など誰も知っている人間がいるはずがない。警視総監はおおいにいぶかった。これから政治家にも打って出なければならない。この愛人問題を知っているものを探し出さなければならない。
これは警視総監からの主な理由だった。
 捜査マイナス一課Dはまた別の理由からこの捜査は重要だと思っている。
 警視総監の私生活がこれほど筒抜けになっていたという驚きである。まかり間違えば警視総監の誘拐などという事件さえ起こり得ないとも限らない。これはゆゆしき事態である。凶事が起こるのか、起こらないのか、ともかくこの手紙の差出人を捜し出さなければならない。
 そのときドアをノックする音がして三人の捜査官が入って来た。
「また、われわれの担当ですか。長良川へ行って鵜飼いを見ようと思っていたんですよ」
「長良川の鵜飼いは一時お預けだ。そんなもの、いつだって行けるだろう」
「いつだって行けるという訳ではありませんよ。鵜飼いってある時期しか、やっていないんですから」
「そんなに行きたかったのか。まあ、いい。今度の機会にするんだな。それより、好きな芸能人のサインを貰えるぞ。鵜飼いのあとで京都に繰り出して舞子遊びをするよりずっといいぞ」
「何をするんですか」
「これを見ろ」
「手紙ですね」
「よくあるんだ。こういういたずらが」
「それが単なるいたずらとして片づけられないところもある」
「どこが」
「警視総監の愛人の住所を知っている」
「どうやって潜入するんですか」
「その方法は考えてある」
「とにかく犯行がおこなわれないように全力を尽くします」
「幸運を祈る」
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(小見出し)不良三人娘
「れいながモーニング娘のファンだったなんて知らなかったな。れいなが道を踏み外したときにはおじさんもすごく心配したんだぜ。でも、良かった。すっかりと普通の女の子になって、これでねえさんもすっかりと安心出来るよ」
「おじさん、過去のことはもう言わないでよ。あんなにつっぱっていたのが自分でも嘘みたいよ」
きも可愛い中学生が日本テレビのアナウンサーである福沢あきらにはなしかけた。ふたりは新宿で待ち合わせていた。れいなと呼ばれているのは田中れいなという名前の女の子である。この少女がつい半年前までは札付きの不良で特別な少年院に入れられていたなどと誰も想像出来ないだろう。しかし、本当にこの少女は不良の生活から悔い改めたので娑婆に出て来たわけではない。その類い希な行動力を買われて警視庁捜査マイナス一課の一員となったのである。田中れいなも本来はまともな中学生としてセーラー服かブレザーを着て公立の中学校に通って初恋でも経験するはずなのだが、本来のアバンチュラーの性格とその行動力が災いして不良の道に進んだのであってそれが本質ではなかった。
田中れいなの親戚に日本テレビでアナウンサーをしている福沢あきらという男がいた。
 田中れいなは福沢の紹介で日本テレビの中を見学することになった。
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不良少女田中れいなの母親は日テレアナウンサーの福沢あきらの姉である。福沢はこの姉を兄弟の中でも一番気に入っていてよく遊びに彼女の家庭を訪ねては手料理をごちそうになっていたりした。だから田中れいなの事も可愛がっていて彼女が特別鑑別所に入れられたときは本当に心配したものである。
 福沢が姉の家にじゃがいものたくさん入ったカレーライスを食べに行くときはいつも田中れいなが横に座ってタレント達やアナウンサーのことをね掘りは掘り聞いてきた。そんなときはテレビのブラウン管に映ったアナウンサーを指さしながらあることないことおもしろおかしく、作り話や本当の話をないまぜにして話したものである。
 その中で福沢が自分自身おもしろいと思った作り話はある女子アナ、清楚でそのくせ胸が大きい、そしてお姫様然としているが、ジャニーズ狂いの女子アナがいるという話だった。番組や仕事がらみでジャーニーズとからんだときは必ず、ベッドインしてしまう。そして戦利品としてそのジャニーズの履いていたパンツを戦利品として持ち帰ってしまうというのがあった。
 田中れいなはテレビに女子アナが出てくるたびにそれがどの女なのか、聞きたがった。しかし、そのたびに福沢はお茶を濁して、ただイニシャルがFMというだけにとどめていた。しかし、田中れいなはその女の名前をさかんに聞きたがった。田中れいなはジャニーズの中に好きな男がいた。
 福沢は冗談でその話しをしていたのだが、田中れいなはすっかりと信じているようだった。
学校の方で三連休があってれいなの母親は福沢に娘がジャニーズの東山のりゆきに会いたがっているから会わせてくれないかと頼まれたので可愛いいとこと新宿で待ち合わせて日テレに行くことにしたのである。
田中れいなが親愛なるおじさんの手を握って喜びの表現をしていると、白いハイソックスを履いたのと網タイツを履いたきも可愛いいふたりのれいなと同じくらいの女子学生がホームの影から姿を現した。
「こんにちわ」
「こんにちわ」
甘い挨拶であったが、このふたりも特別鑑別所の出身である。奄美大島にいる毒蛇よりもたちが悪かった。
 「きみたちは」
「おじさん、こっちにいるのが、道重さゆみ、通称、さゆみ、そしてこっちにいるのが、亀井えり、通称、えり。ふたりともつれて行っていいでしょう。ふたりとも東山くんのファンなのよ」
「れいなのおじさん、頼みます」
「いいでしょう」
ふたりの美少女に頼まれて福沢が拒否出来るるわけがなかった。
他のふたりも分類としてはきも可愛いという類型にはいるのだが、ハイソックスを履いている方はどちらかというと清純な感じ、網タイツを履いている方はまだ幼いくせにどことなく大人の色気があった。そこへちょうど電車がやって来たので四人は電車の中に乗り込んだ。三人の女の子は電車の中できゃはきゃは騒いでいる。つり革にぶら下がりながら、福沢あきらはぼんやりと電車の天井からつり下げられている車内広告を見ている。花小金井の方におもしろい公園があるらしい。昔の銭湯や酒屋や鍛冶屋の建物がそっくりと移築されているという。その建物の写真が乗っている。揺れる電車の中で引率した娘たちの騒ぐ声を聞きながら福沢は別のことを考えていた。こんな可愛い少女たちをつれて行ったら自分はどんな感じだろうか。職場で人気者になってしまうかも知れない。こんな可愛い娘さんがいるの、随分若く結婚したのね。そんな秘密をどうして教えてくれなかったの。みんな口々に訊くだろう。とくにあのFMさんはどうなのだろうか。僕にもっと興味をもってくれるだろうか。れいなちゃんに作り話を教えたのも、あのFMつまり森富美のことが僕は好きだからにほかならない。森富美の心をすっかりとつかみたい。福沢はぼんやりとそんなことを考えていた。
「福沢さん、ぼんやり、車内広告なんか見て何考えているんですか」
「やあ、誰かと思ったら君か」
ここで変な奴に会ったぞ。こんな美少女たちをつれて行くことがわかったらやばい。
福沢あきらは独白した。

ふん、福沢、いけすかない奴、でもなんで子供なんてつれているんだ。
「行きましたよ、その公園、あの映画が賞を貰ったので特別記念行事をやっていますよ。今月は。僕も取材をしましたから。その女の子たちは誰ですか。まさかね、福沢さんの娘さんたちというわけではないんでしょう」
道重さゆみが振り返った。髪が美しい放物線を切って揺れた。
「れいなについて東山のりゆきくんに会いに行くんです。れいなのおじさんは福沢さんなんです」
他のふたりの少女たちも同意してうなずいた。
三人とも変なことを言い出すなよ。特別鑑別所を退所した記念でつれて行くとか、イニシャルがFMの女がジャニーズのパンツを集めているなんていうことはな。
しかし、変なところで変な奴に会ったなぁ。俺が森富美の気を引きたいからこの娘たちを職場に連れて行くということがわかっているのかなぁ。 福沢独白。
一方で羽鳥真一郎は福沢の考えていることを心の中で詮索していた。
こいつ、何、考えているのだろう。多分、アシスタントの女の子か何かにこんな娘がいるなんて作り話をして自慢することだろう。所詮こいつの考えそうな事だ。
 羽鳥真一郎は独白した。羽鳥真一郎、最近福沢の地位をおびやかしている日テレの男性アナウンサーである。
そしてこの男はいろいろな意味で有名である。
「福沢さん、そのきも可愛い娘さんたちをアナウンス室につれて行くんですか」
好意に満ちた聞き方だったがそれが羽鳥の本心ではないということは福沢は確信していた。変なことを言って揚げ足をとられるわけにはいかない。
えい、面倒くさい。少し矛先を変えてやるか。あれ、その連れている人は誰。
福沢の問いに羽鳥真一郎は真面目に答えた。
「ああ、こちらは東北の方の歴史や偉人のことを調べている人なんです。郷土史家さんです」
すると羽鳥真一郎がつれていた男が揺れる電車の中でうまく重心をとりながら答えた。
「はじめてお目にかかります。わたし、青森の方で郷土史家をやっております。福留と申します。あなたが福沢さんですか。いつも朝の番組、ほら、なんて言いましたか、ズ、ズ、ズームイン朝、いつもあの番組は欠かさず見させて頂ましたです」
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(小見出し)電車の中
福沢はこの正体不明の人物を連れているのが羽鳥真一郎というだけで警戒心が起こってくるのを自制出来なかった。羽鳥真一郎に繋がっている人物なら自分に益を与えてくれるはずがない、いや、むしろ反対である。そう感じていた。それがどういう感覚から生ずるのか、うまくいい表すことは出来ない。第六感と言った方がいいかも知れない。しかし、その一方で一応平静を装っていなければならなかった。
「そうですか。ありがとうございます。青森の方で郷土史家をなさっていらっしゃるんですか。どういう方面の研究をなさっていらっしゃるんですか」
そう言いながら福沢はふたたび自問自答した。
{こいつ、あんまり俺に会えてうれしそうな表情もしないし、かと言って無愛想でもない。どこかで見たことがあるような気もする}
そんな福沢の当惑を羽鳥真一郎は見逃していなかった。
「福沢さん、この人とどこかで会ったのに思い出せないっていう顔をしていますね。この前の正月特番に出ていたじゃありませんか。江戸御用金の隠し場所を探せという番組で」
福沢は今は自分が元不良少女をテレビ局の見学に連れてきているという本来の目的も忘れてその認知不能の人物に対して関心を集中させていた。そして記憶の底をたどっていくと、引っかかるものがあった。神経細胞の突起のひとつに電気が走った。
「そう言えば、出てた。出ていた。何か、大道具がやたら大掛かりな模型を作っていたからな。あれはプロデューサーのKの組がやった番組だったかしら。でも、何で羽鳥がこいつと一緒に電車に乗っているんだろう」
不良三少女たちはこの場面では全く埒外に置かれているようだが、不良独特の臭覚を発揮して羽鳥真一郎の臭いを嗅いでいた。不良少女、亀井えり、田中れいな、道重さゆみ、三人は三人とも悪の道をかってはつき走っていたのである。それもその道の中央を堂々と歩いていたのだ。同類の臭いをかぎ分けることは簡単なことだった。そして三人は三人とも羽鳥真一郎にただれた愛の痕跡を感じていたのである。三人は蛇のような無機質な目をして羽鳥真一郎をじっと見つめていたが彼自身はそのことに気づかなかった。
「偶然だわね。こんなところで出会うなんて」
少し離れたところから声をかけられて福沢はぎくりとした。
「あっ、誰かと思ったら、山王丸君じゃないか。君も一緒にいたのか」
「一緒にいたのかなんて言い方はないでしょう。これも仕事でいるんだから。福留さんのご案内をしているのよ」
福沢はこの場所にいるとは思わなかった女子アナの山王丸がいたので目を丸くした。会いたくはなかった。
そんな福沢の内面を見透かしているのか、山王丸は冷笑しているように口元をゆがめた。
「今度の番組に是非出て貰いたいって願っているある人がいてね。その人が福留さんと是非話す機会を持ちたいと言っているのよ。誰だかわかったら、あなた、大びっくりするわよ。その人の強い要望で福留さんには御出演をお願いしたのよ。そのある人って一体誰だと思う。ふふふふふふ・・・・・・」
「誰なの」
全く関係のない亀井えりが横から口を出した。
「羽鳥くんから教えてもらいなさいよ」
「誰なんだよ」
福沢は挑発されているような気分がした。
「知りませんよ。僕にふられたって、困るなあ、山王丸さん」
「一体、誰なんだよ。教えろよ」
「それより、福沢さんのつれているその娘さんたち誰なんですか」
山王丸もそのきも可愛い娘たちの顔をのぞき込む。
「福沢くん、確かまだ子供はいなかったんじゃないの。そうだ。アシスタントの女の子に会わせて女の子の機嫌でもとって、食事にでも誘おうって魂胆でしょう。下卑ているわね」
山王丸は蔑んだ目をして福沢を見つめた。
「何、言っているんだよ。この娘たちはね。親戚の女の子たちでどうしてもジャニーズの東山くんに会いたいというからつれて来たんだよ。要するに親戚孝行」
「熱心に頼んだら三人とも連れて行ってくれるって福沢のおじさんが約束してくれたんです。女子アナの中で男のパンツを集めている人って誰ですか。確か、イニシャルがエフ」
田中れいなが口を開くと福沢はあわてた。
「うわあ~~~~~、あ~~~~」
「何よ、急に騒ぎ出して、ばっかじゃない」
「そんなことより、結局、見つかったんですか、御用金」
福沢は例の作り話が女子アナの中に広がらないかと怖れて話をする相手をほかの人物に変えた。
 今まで話の輪の外にいた郷土史家が福沢に声をかけられて戸惑っているようだった。
声をかけられない方がいいと思っているようだった。
「結局、江戸の御用金って見つかったんですか」
「ばかねぇ、あんた。福沢、見つかったら、番組が成り立たないじゃないの。見つかった時点で番組は終わりよ。その経過を報告するのが番組でしょう」
「・・・・・・」
郷土史家、福留は多少居心地が悪そうだった。
「でも、福留さんは見つけたという実績がありますからね」
「いえいえ、ぐふぐふ」
「江戸幕府の御用金を見つけたんですか」
「小判を七枚だけなんですが、古文書によれば確かな証拠なんですよ」
「そういうきっかけになるようなものの発見があるからある人が是非会いたいって熱望しているのよ。ふふふふふふ・・・・」
福沢はいらいらした。
「ある人って誰なんだよ。全くいらいらさせられるなあ」
「でも、私、福留、単なる財宝捜しの人だと思われるのも困るんです。本来は郷土史家で郷土の大恩人、和井内貞行先生の事績を後世に伝えようと研究を始めたのです。わが国に和井内貞行先生がいらっしゃらなければ青森の人々の生活はどうなっていたでしょうか」
「和井内貞行」
福沢はまた目を丸くした。
「なんだ。福沢くん、知らなかったの。十和田湖でひめます養殖に成功した人よ。火山が作ったカルデラ湖である十和田湖にはイモリぐらいしか住んでいなかったの。二十一年かけてひめますの養殖に成功した人よ」
「和井内貞行先生は郷土の大恩人というだけではありません。わたしにとっては特別な意味を持つ大恩人なのです。実は私、十和田湖の湖畔で旅館を営んでおりまして十和田湖で穫れるひめますを献立の中に入れさせて頂いております。とくにひめますを使ったひめます釜飯とヒメマス寿司が評判がよくて、このふたつの料理は青森県知事賞を頂きました」
その場所にいた者たちはみなそんな料理のことを思い浮かべて食欲の虫がうずいていたが、三人の不良少女だけはじっとその会話に耳をそばだてていた。
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しおどめにある日テレの受付に入るといつもの受付の女が普段は連れていない道連れを連れを連れて来たので福沢に声をかけた。
「あら、福沢さんの娘さんですか。それも三人も。随分可愛い娘さんがいるんですね」
それは受付の女のお世辞だった。半分は可愛いと思う気持ちもあったが半分はきもいという印象を受け付けの女は持っていたのである。
しかし、福沢はその言葉を真に受けて口元をくすぐったそうにして笑った。福沢の計画通りだった。こんな可愛いい娘を三人もつれてくれば、ここでさえこんなにいい印象を与えることが出来たのだから、きっとアナウンス室に行けば人気者になるに違いない。きっとあの森富美なんかはきゃはきゃは言って喜ぶだろう。森富美は自分に強い印象を持つに違いないと確信までしていた。
福沢は金持ちのような余裕のある笑みを浮かべた。
「僕の娘じゃないんだよ。事情を話すと長くなるんだけどね。僕の姉の子供とその友達なんだ」
三人のうみほおずきみたいな女の子たちも受付の女に挨拶をした。
「東山くんに会いに来たんです。わたしたち東山くんのファンなんです。ここにいるれいなのおじさんが福沢さんなんです。れいなと友達で良かったわ」
道重さゆみがそう言うと横で亀井えりもうなずいた。
「そういうこと」
福沢はますます得意気だった。そのあいだ三人の娘たちは少し色っぽいソックスを引っ張って直していた。
「おっ、あれは」
福沢の注意を喚起するものがあった。
ホールに面したエレベーターの方を見るとプロデューサーのKがいるではないか。和井内貞行に心酔している郷土史家を江戸埋蔵金のオーソナリティに祭り上げた男だ。その横には鈴木君恵が立っているふたりで何か喋っている。
「あの郷土史家に会いたがっている人間が誰なのか調べるチャンスだ」
福沢は早速ふたりのところへ行くことにした。電車に乗っている間中、福留に会いたがっているのがどこの誰でなんのためにか知りたくて仕方なかったからだ。もちろんどこの誰と言ってもこのテレビ局の中の人間で大方はプロデューサーのKに関係している人間には違いないのだろうが。
福沢はエレベーターの前にいるKと鈴木君恵のふたりの名前を呼んだ。そしてすっかりと三人のはじけ豆のような娘を引率していた事を忘れていた。
 エレベーターの前に立っているふたりに声をかけてそのそばに走り寄ったときにはエレベーターの扉は閉まろうとしていた。、そして福沢がそのそばに駆け寄ったとき、福沢の意思も忖度せずドアは閉じられふたりは上に運ばれて行った。
宙ぶらりんの状態で福沢がホールの中央に立ち尽くしたとき、自分が三人の子供を連れて来たことを思い出した。
「あれ、みんな、どこに行ったの。隠れん坊しにここに来たんじゃないよね」
福沢はあわててあたりを探した。つれて来た手前、姉に会わせる顔がない。
「みんな、どこに行ったの。今は隠れん坊の時間じゃないよね。早く出て来ようね。早く出て来ないと東山くんに会えなくなっちゃうよ」
福沢はまた案内のところに戻った。
「さっき、ここに三人の娘、連れて来たでしょう。見かけなかった。今さっきまでここにいたんだけど」
「いいえ、はぐれちゃったんですか。館内放送をかけましょうか」
「いや、いいんだ。そんなにおおげさにとなくても」
福沢はまだこの三人の娘のほんの一部の部分も知らなかった。迷子になるようなたまではない。自分たちから自由遊泳に出かけたのだ。
福沢ひとりがあせっていた。
「とにかく探さないと、またアナウンス室の連中に見られでもしたら、何を言われるかわからない。特に羽鳥なんかに見られたら最悪だ」
福沢の心配をよそに亀井えり、道重さゆみ、田中れいなの三人は日テレの中を自由遊泳していた。娘が三人だけでテレビ局の廊下を歩いているのだから怪しく思う人がいるかも知れないが、三人ともアイドルというような容姿をしているので誰も一般人だとは怪しまなかった。きっと何かのドラマに出ている子役だと思っていたのかも知れない。三人はタレント控え室が並んでいる階に来ていた。
三人は廊下の入り口のところで時間を計っていた。そこを通る人間の流れにはある規則性のあることを発見していた。
「十五分周期で人が通っているわ。そのあいだの十分くらいのあいだには人が通らないわよ。さゆみ」
「えり、携帯合い鍵製造機を持っている」
「持っているわよ。さゆみ」
「れいなだったら、一分で合い鍵を作ることは出来るわよね」
「もちろんよ。えり。でも、ここの合い鍵でこの階の全部の部屋は開くかしら」
「平気よ。えり」
「じゃあ、合い鍵を作っておく」
廊下の一番はじのところには名札がかかっている。そこには東山くんの名前が書かれていた。この悪魔三人娘は東山くんの控え室の合い鍵だけではなく、この階にあるすべてのタレント控え室の合い鍵を作ることを計画していた。
「じゃあ、れいながドアノブのところに行って合い鍵製造機で合い鍵を作るのよ。わたしとさゆみはれいなの姿が見えないようにするから」
亀井えりが言った。
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この三人の犯罪者はこの廊下の一番近くにあるタレント控え室のドアに近づいて行った。合い鍵製造機を田中れいなは取り出すとドアノブのところに密着させる。この部屋の中には誰もいないことはわかっている。田中れいなの姿を亀井えりと道重さゆみが覆い隠した。すべて流れるようにことが進んで行く。こんなことは彼女たちには朝飯前の仕事だった。十分のあいだには誰も来ないだろう。田中れいなが機械のスイッチを入れたので小さな振動音がした。そこには誰も来ないはずだった。三人はそうだとたかをくくっていた。
 しかし、向こうから一般の人間に較べると背の高い女が歩いてくる。胸がおおきい。まるでミス日本のようだった。その女は三人が控え室のドアでもたれて何かをしていることを不審に思っているようだった。胸のあたりには参考資料のようなものを抱えている。
「あなたたちは」
美しいことは美しいが少しでかい口から鈴の音のような声が聞こえた。田中れいなはあわてて合い鍵製造機をポケットの中に隠した。その女はこの三人の犯罪者を不審気な表情で見ている。
「隣の部屋の人と知り合いなんです」
亀井えりが口から出任せを言った。
「そうなんです」
道重さゆみも同じことを繰り返した。
その女がまだその言葉に不信感を持っているようなので三人はあわてて開いている隣の部屋のドアを開けると中に入った。
「そう」
女はまだ不信感を払拭されてはいないようだったが急いでいるのか、そのまま行ってしまった。三人は部屋の中に入ってから奥の方に誰かがいることに気づいた。
「誰ですか。ドアを開けるときにはノックぐらいしてください。おや、なんだ。お姉さんたちか。きみたちは音楽番組の関係者かい。ここはその方面じゃないよ。マネージャーさんはいないの。困ったなあ、まあ、いいか。僕の出演時間までまだ時間があるし、ちょうどうまい具合にお茶と団子もあるし、ここで休んでいくかい」
控え室の中には立派な背広を着た紳士が座っていた。三人はこの場をどう取り繕うかと思った
「ほら、団子あるよ。食べるかい。団子って言うと思い出すなあ。ごめん、ごめん、一人感慨に耽って。ほら、ちょうどうまい具合に湯飲みも三つあった。お茶も飲めるんだろう。きみたちどんな歌を歌っているの」
どうやら三人を音楽関係者だと思いこんでいるようだった。
この部屋の中の主が三人にお茶をついでいるあいだ、田中れいなはすでにこの場になじんで茶饅頭を手にとるとがつがつと食べはじめていた。そのときドアをノックする音が聞こえて再び、何やら鈴の音のような声がドアの向こうから聞こえた。
「先生、どうなすったんですか。何やら楽しそうですね」
亀井えりの背中には一瞬冷や汗が流れた。また鑑別所に戻されてしまうかも知れないという。この紳士が見も知らない女の子たちが入って来たと言ったらどうしようかと思った。「僕の孫たちなんだよ。見学に来たんだよ。僕の出番までまだ時間があるから団子とお茶を一緒に頂いていたところなんだ」
「まあ、先生、そうなら、私がその子たちの案内を買って出てもいいですわよ」
「いや、そうして貰えるとありがたいんだけど。久しぶりに孫たちの顔を見たのでもう少し話していたい気分なんだ」
「先生がそうおっしゃるなら、私はちょっと用がありますから十五分くらいしたらまた来ます」
「そうか、ありがとう。森富美くん」
ここで三人はあの女が森富美という名前だということを知った。それにしても一安心だ。自分たちが総務の方に引き渡されなくて、それにしてもなぜ、この男は自分たちを孫などと嘘を言ったのだろう。その疑問は亀井えりも道重さゆみも田中れいなも同様に抱いていた。そこの住人は彼女たちの疑問を感じていたようだった。
「きみたちはただ者ではないな」
三人は無言で彼の瞳を見つめた。
「部屋のドアを開けるときも部屋に入って来るときもまったく物音一つ立てなかった。そして部屋に入るときは特殊な訓練を得たものたちだけの陣形を取っていた」
「探していたんだよ。探していたんだよ」
部屋の外から騒がしいほどの声がして汗を拭き,拭き、福沢が入って来た。
「れいなちゃん、勝手に局内を歩いちゃだめじゃないか、それにお友達も」
そこで前からの住人がそこにいたことに気づいて福沢はまた汗を拭き拭き、頭を下げた。
「おじさんが勝手なエレベーターの方に行っちゃうんだもの」
田中れいなはぶつぶつと言った。
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社内で私用の物置かわりに使っている部屋を今度、会社の備品を置くことになったので角田久美子はその部屋の中に置かれたロッカーの中に入っている自分の持ち物を整理しようとその部屋の中に入った。
彼女のロッカーの中には家に持って帰ろうと思いながら持って帰らなかった物がたくさん放り込んであった。朝、雨が降っていて傘をさしてきて途中から雨がやみ、そのまま置きっぱなしになってしまった傘。番組宣伝のためのアイテムで気に入ったので貰おうと思ったが家に持ち帰るのが面倒だったのでそのままロッカーの中に入っているものだとか、いろいろで、自分のロッカーの中をそんながらくたが収まっている。
「ああ、面倒臭い。こんな物、貰わなければよかったわ。ああ、これこれ、北海道に仕事に行ったとき持って来たホテルのスリッパ、見つからないで、どこに行ったんだろうと思っていたらこんなところにあったんだわ」
北海道へ仕事に行ったとき気に入ったスリッパをホテルで見つけたのでついでに持って来たのだが、それには思い出がひとつついていた。それは三四年前のことだった。その事を思い出し、感傷に耽ろうと思うと隣のロッカーの扉が開いていて何かがその扉から見えている。
「何かしら」
それが同じアナウンス室の同僚、魚住りえのロッカーだということはわかっていた。魚住りえの悪い噂は前々から耳にしていた。それはもし女性週刊誌などが聞きつけたら一悶着が起こるような内容だった。しかしアナウンス室内だけで収まっている。その内部の人間だけに関わっている問題だったのでそれが外部には出ないのかも知れない。そのそもそもの元凶というのはアナウンス室のプレーボーイ、ドンファン、女好きの羽鳥慎一郎だった。角田久美子も羽鳥慎一郎を初めて見た時心ひかれるものがあったこともある。しかし、あまり深入りせずに現在の夫を見つけたのであるがそれはある事件が彼女の淡い思いをさめさせる原因になっていた。羽鳥慎一郎は何人ものアナウンス室の女に手をつけていたが理性を失うほど真剣になっている女もいた。それが魚住りえだった。羽鳥慎一郎は魚住りえをおもちゃのようにさんざんもてあそんだのちにボロ雑巾のように捨てたのである。まわりの人間がみな、魚住りえに目を覚ませと言っても彼女は全く耳を貸さなかった。捨てられた女の恋の炎は羽鳥慎一郎に向かってますますめらめらと燃え上がったのである。その燃えかたもはなはだ奇形かつ反社会的なものだった。どういう行動に走ったかと言えば駅のホームで羽鳥慎一郎がテレビ局から帰って来るのをじっと待っていたのである。手にはナイフが握られていた。何も知らない羽鳥慎一郎は次に行く女のマンションに電話をかけながらテレビ局から駅へ行く道を歩いていた。
羽鳥慎一郎は脳天気に電話をかけていた。
「もしもし、しんちゃんだよ。もしもし、ハワイで空軍のパイロットをやっているんだよ。親戚にはハワイのカメハメハ大王がいるんだよ。へへへへへ・・・・」
その電話をしている羽鳥裕一郎の様子を魚住りえはじっと見ていた。
「羽鳥慎一郎、お前を刺して、わたしも死ぬ」
羽鳥慎一郎が駅に降り立ったとき事件は起こった。雨の中の駅の改札の近くの柱の影で魚住りえは刃渡り四十五センチの洋剣を持ちながら羽鳥慎一郎を待っていた。そこへお気楽にも他の女へ携帯電話をかけながら羽鳥慎一郎がやって来た。魚住は四十五センチの洋剣を羽鳥の方へ向けながら一直線に走って行った。ちょうど雨が降っていたのが幸いした。羽鳥が魚住の方を振り返るのが同時だった。濡れていた床に足をとられて魚住は転んだ。しかし、そのとき羽鳥の右腕に斬りつけていた。魚住の刀は濡れた駅のホールにころころと転がった。羽鳥は右腕に五針を縫うけがをした。通行客の多い夕暮れにこのような刃傷沙汰が起こったのである。当然、新聞の三面記事を埋めてもいいはずである。それがなぜ公にならなかったか。いろいろな憶測が飛び回った。羽鳥慎一郎が某大新聞の未亡人オーナーと関係を持っていて裏から手を回して押さえただとか、魚住りえが某有力政治家の隠し子だとか、いろいろだった。
しかし、この恥ずべき事件がもみ消され、何事もないように彼らが毎日出社しているのは事実である。しかし、世の中にとってひとつだけ良かったことは、たとえ社会的制裁を受けなかったにしてもこれで少なくともアナウンス室の女全員に羽鳥慎一郎の真実の姿がわかってしまったということである。角田久美子の羽鳥慎一郎に対する淡い恋の炎も立ち消えてしまった。
「それにしても魚住さん、まだ目を覚まさないのかしら」
その後も魚住と羽鳥慎一郎はずるずると関係を続けていて、さらに新たな展開が加わっていた。手当たりしだいに女に手を出していた羽鳥慎一郎は今度は何を血迷ったのか、森富美にまで魔手を伸ばし、森富美もまんざらではないようだった。
 この問題のおかしなところは魚住りえが羽鳥慎一郎に敵意を向けるだけならわからないでもないのだが森富美にも敵意を向けているといことだった。もっともこういった問題を起こしている羽鳥慎一郎と魚住りえのふたりの顔を会わせる機会を持たせるわけにもいかず、ふたりの勤務日はずらされていて顔を会わせないように配慮されていた。角田久美子がその魚住のロッカーが開いているのを見てけげんに思ったのは開いている扉の隙間からなにかひものようなものを見たからだった。噂によると魚住のロッカーの中にはいろいろな武器が入っていると聞いたことがある。羽鳥を襲ったときの剣から忍者の使う音の鳴る手裏剣とか鎖帷子とかである。とうぜん角田はそのひものようなものに興味を持った。そのひもを引っ張ろうと腰を屈めたときすぐそばに誰かが立っているのを感じた。
「角田さん、何をしているの」
「自分のロッカーを整理しようと思って」
「わたしのロッカー、開いていたでしょう。でもわざと開けておいたのよ。なんのためかって、私の意思を他の人に認識させようと思ってね。あなた達が私のことを笑っているのは知っているわ」
「私、笑ってなんかいないわ」
「嘘、おっしゃい。羽鳥慎一郎に騙されたばかな女だと思っているでしょう」
「・・・・・・・・」
「でも、いいのよ。笑いたいなら、笑ってちょうだい」
「???????」
「みんなの思っているとおりだわ。この中には慎一郎、わたしのすべてを奪った男、慎一郎を刺した刀が、そして慎一郎を撃ち殺すための猟銃が入っているわ。でも、みんな慎一郎のためだけではない。わたしにはもうひとり許せない人間がいる。あなた、扉から出ているひもを見ていたわよね。そんなに見たいなら見せてあげるわ」
魚住りえは目をきらきらさせてひものさきについているものを取り出した。
「何を見ているの。見た通りのものよ」
魚住りえがロッカーの中から取り出したものはカメラだった。
「ふふふふふ、これで決定的瞬間を撮ろうと思ってね。あいつを追い落としてやるの。羽鳥慎一郎の心をすべて奪っているあの女を。ふふふふふふ・・・・」
何かが狂っている。何かが、このアナウンス室には・・・・・。
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(小見出し)八王子刑事
八王子刑事こと、滝沢秀明は目覚まし時計代わりの携帯電話の着信音で目を覚ました。
「もう、眠たいなあ、今、何時だと思っているの。もしもし、もしもし」
「早く目を覚ませ。本部に来い」
「何ですか。事件が起きたんですか」
「その通りだ。例の警告状のとおりだ。三人の精鋭を送り込んでおいたが、阻止できなかった。これから君も知っている三人をそちらに向かわせる。君も用意をしたまえ」
「ちきしょう。警視庁に配属されたのはいいけど、あんな課に配属されるんじゃなかった。しかし、いくらなんでもあと三十分ぐらいはここまでやって来ないだろう。何しろ霞ヶ関から八王子までは車で三十分はかかるだろうからな」
そう思ったので滝沢秀明はコーヒーをいれ、トーストを焼いた。コーヒーの苦みが甘みに感じる。トーストを一枚食べ終わったところでマンションのガラス窓が点滅をした。たぶん懐中電灯で滝沢のマンションのガラス窓に光りをあてているのだろう。同じ課からの信号である。他のマンションの住人に気づかれないように細心の注意を払っている。
もっともこのマンションには滝沢のほかには五六組しか住んでいないのだが。滝沢がガラス窓を開けて外を見ると見慣れた車が停まっていた。滝沢秀明は階下に降りて行くとこれまでも捜査をともにした仲間の見慣れた車が真夜中の砂利道の中に停まっている。車内のルームランプは消されている。
「マイナス一課のものか」
「ウィ」
車の中から慣れないフランス語が帰ってきた。
「久しぶり」
「また、会いましたね」
「今度も組むのかい」
「ウィ」
またフランス語が戻ってきた。
「とにかく車の中に詳しいことは現場に行く車中で話します」
滝沢秀明のマンションの前に三人の捜査マイナス一課の捜査員は待っていた。彼女らのうしろには六百馬力の特別仕様の車が控えていた。でもどういうことだろう。三人の捜査員というのは福沢につれられて汐留の日テレへ東山くんに会いに行った三人のキモ可愛い女たちではないか。この三人の元不良娘たちが捜査マイナス一課の有能な捜査員だったとは。三人の捜査員の背後に控えている六百馬力の自動車はまるで生き物のようにエンジンをぶるんぶるんと震わせている。
滝沢秀明はある考えを思いついた。
「コーヒーを飲み残したままおりて来ちゃったんだよ。ちょっと待ってくれる。ついこのあいだステンレス製の携帯魔法瓶を買ったんだ。それに詰めれば車の中でもコーヒーが飲めるよ。いま部屋に戻って、取ってくるから、少し待ってくれる」
三人は少しいらいらしているようだった。
「なるべく早くしてちょうだいよ。事件は救急を要しているんだからね」
田中れいなが一番いらいらしているようだった。
滝沢秀明はステンレス製の魔法瓶にコーヒーをつめると車のところに戻って来た。四人は黄緑色のさかりを過ぎた枝豆みたいな色に塗られて古くさいボデーを持った、しかしエンジンの馬力だけは異常に大きい車に乗り込んだ。
捜査員のひとり亀井えりがアクセルをゆるゆると踏み込みながら発進した。ヘッドライトは外国からの輸入農作物と一緒に運び込まれて繁殖してしまった雑草を照らし出した。車のハンドルをゆっくりときり、自動車は国道に出た。
「事件のあらましを教えてくれる」
滝沢秀明はポットの中にいれたコーヒーを蓋に注ぐと口につけた。
「その前にわたしたちにもコーヒーを飲ませてよ。一時間も車をぶっ飛ばして来たのよ」
横目で道重さゆみが滝沢を色っぽくみつめた。
「ごめん、ごめん」
滝沢がバスケットの中から紙コップを出そうとすると
「そのままでいいわよ」
道重さゆみは滝沢が今、飲んでいる蓋をゆびさした。
「でも、俺が口をつけたままだぜ」
「いいって言っているでしょう」
道重さゆみは無理矢理滝沢の手から蓋を取ると自分の口に持って来た。
「たーちゃんの味がする」
道重さゆみは滝沢の方を見ると挑発的にわらった。
ハンドルを握っていた亀井えりはハイキングでもないでしょうと言って花でわらった。三人の特別捜査員は前の座席に座っていたが、その様子を見た田中れいなはものすごい目をして滝沢秀明をにらみ付けた。それを見て亀井えりはまた鼻で笑った。
滝沢秀明自身は不純なものは感じていなかった。夜中にたたき起こされて、この三人が迎えに来て何度この夜中のコーヒーを味わったことだろう。そしてこのコーヒーの味はその輝かしい戦績にむすびついていた。今度もまた難事件なのだろうか。滝沢秀明は思った。
滝沢秀明は紙コップを出すとコーヒーを注ぎ、田中れいなにもさしだした。
「一杯、どお、ところで夜中にたたき起こして、一体、何があったといの」
後部座席から身を乗り出して、滝沢秀明が前の三人に訊くとハンドルを握ったまま、亀井えりが滝沢の質問に直接答えず、違うことを言った。
「滝沢くん、あなたは冷徹になれるわね。事件の捜査には感情は禁物よ。それは事件の解釈を変な方に持って行くわ」
「今まで僕が事件をゆがんで解釈したことがあったかい」
滝沢秀明は不満気に言った。すると亀井えりの口元がゆがんでほほえみがひろがった。すると他のふたりも皮肉に笑った。
「たーちゃん、まだ、あなたは若い、身体の中には暖かい赤い血が流れている。それが心配なの」
亀井えりが諭すように言った。そして田中れいなはいらいらして
「たーちゃん、わたしたちはあなたが若い男だから心配しているのよ」
「どういうことだよ」
滝沢秀明は抗議した。
「そのうち、わかるわ。まあ、いいわ。事件の概要を説明してあげる。日テレを知っていますか。最近、引っ越したんだけど」
「知っているよ」
「そこで昨日の夜、殺人がありました」
「一体、誰が」
「行けばわかるわ」
昨日の夜といえばいつもは寝苦しい夏の一夜なのだが激しい雨が昼間から降り続きぐっすりと寝られた。気持の良い夢も見たのである。そんな昨日の夜に凶行がおこなわれたのか。滝沢秀明は昨日はぐっすりと寝ていたてそんなことが起きていたとは夢にも思わなかった。
「迂闊だったわ」
亀井えりは下唇を噛んだ。
そして道重さゆみが続けた。
「わたしたちは昨晩のことを予想して前もって日テレに潜入していたんです」
「潜入、じゃあ、このことが起こるとわかってたいのか」
滝沢秀明はこの元不良少女たちの慧眼に舌をまいた。
「これを見てちょうだい」
田中れいなは背もたれ越しに一通の紙片を滝沢秀明に差し出した。差し出されたのはDが持っている警視総監の愛人宅に送られてきた凶行を予言する手紙のコピーだった。滝沢秀明はコーヒーを片手に持ちながらその紙片に目を通した。
「迂闊だった。われわれが潜入していたというのに、凶行を阻止出来ませんでした」
六百馬力の車き夜中の国道をものすごいスピードで走って行く。昨日降った雨がまだ乾ききらないので路面が光っていた。道の両側に立てられているモーテルの大きな看板がヘッドライトに照らし出された。
「この手紙がいたずらではなく、信憑性があると判断したのはなぜだい」
「これはDの判断だわ。この手紙は総監の愛人宅に送り付けられたのよ」
亀井えりはハンドルを握っている。
「日テレに潜入してからどのくらい」
「五日前から捜査に当たっているわ」
「今回の犯人のこころあたりは」
「ノン」
三人の娘はフランス語で答えた。
「そして今回の事件の主目的は、これはDからの依頼だわ。殺人犯をつかまえることではない。何よりも最優先させなければならないのはこの手紙を誰が出したかということなのよ。滝沢くん。つまり、誰が総監の愛人の住所を知っているかということなのよ。それを最優先にしてくれという話だわ。Dはそう言っていた」
亀井えりの横顔が対向車のライトを浴びて怪しく光った。
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「ふん、また総監の尻拭いか」
滝沢秀明は不良っぽく捨てぜりふを吐いた。汐留の日テレ前に来ると事件の関係者以外、中に入れないように警察官がロープを張って立ち入り禁止となっていた。もちろんめぼしい証拠が持ち去られないよう、もしくは証拠が加工されないようにするためである。
しかし警察が通報をうけて現場保存の作業をはじめたときにはもうすでに多くの人間が現場に出入りしていたようである。建物の前の路上では早めに出勤してきた何人かの社員がが道路に面した窓を指さして事件についての噂話をしていた。四人は建物について、すぐ顔なじみの捜査一課の警部を見つけた。
「やあ、現場はここの五階の資料室です。即死でしたな。現場を見ますか」
「もちろん」
交通課の一分課が何故殺人現場の捜査に関与しているのか、この警部はよくわからなかったが、これは事実なのである。
「こっちの通路から入った方が現場に早く行けるわよ」
田中れいなが首をふりふりしながら勝手に非常階段に入って行った。
現場へ抜けて行ける非常階段を四人は登って行き、被害者のいる現場へ着くとその部屋の入り口にはふたりの警察官が立ってガードしている。部屋の中では鑑識課の係員が立ち回っていた。四人が警察手帳を見せると入り口に立っていたふたりの警察官は道をあけた。
「あなたたちが来るんじゃないかと思っていましたよ」
「ウィ、ウィ」
道重さゆみは酔ったようにフランス語で返事を繰り返した。しかし彼女たちの目は現場に一心に向いていた。
「被害者を見ますか」
被害者がくるまれていたシェラフのようなもののジッパーを開けると被害者の顔が現れた。
「おっ、これは」
滝沢秀明がテレビでも見たことのある人物だった。
「福沢・・・・」
「私のおじさん。戸籍上はそういうことになっている」
確かに田中れいなはふだんはこの男をおじさんと呼んでいたが、田中れいながおじさんと呼んでいる人物を滝沢は五十人ほど知っていた。
「わたしたちはこの人物を通して、ここに潜入した。でも、まさか、この人が殺されるなんて夢にも思いませんでした。意外だったわ」
亀井えりは冷静に福沢朗の死体を見下ろしながら言った。
「被害者は日本テレビアナウンサー、福沢朗、三十五才、死因は後頭部の打撲、推定死亡時刻、昨晩の三時二十分前後」
検死官は四人にそう言った。
昨日の三時二十分頃といったら雨がシャワーのように降り注いで涼しくてぐっすり寝ていた頃だ。
「現在、わかっているのはそれだけです」
「この資料室に何をしに来ていたのでしょうかね」
昔の雑誌がたくさん束ねられて置いてある書庫をながめながら、検死官は昨日の夜、ここで古い雑誌に目を通している福沢の姿を想像しているようだった。
「この部屋の上はなんの部屋だったかしら」
道重さゆみが天井の方を見上げた。
「何だ。あなた、何度もここに来ているじゃない。もう、忘れたの。ここの上はアナウンス室よ」
亀井えりも天井の方を見上げた。
「福沢くんが殺されたって、本当」
警官の制止を振り切るように息を切らせながら入って来た女は滝沢の顔をまじまじと見つめた。
「信じられないわ。とにかく死に顔を見せてくれる」
「あなたは」
滝沢秀明は突然の訪問者に声をかけた。
「福沢くんの同僚で山王丸和恵と言います。とにかく福沢くんの姿を見せて、死体を見なければ信用出来ないわ」
「知ってたわよ」
田中れいながうそぶいた。
山王丸和恵は倒れている福沢の死体をのぞき込んだ。
「意外ね、と言うよりも当然かしら。安らかな顔をしている。それよりも幸せそうでもあるわ」
「ちょっと、聞き捨てになりませんね。死者に対して不謹慎じゃありませんか」
滝沢秀明は抗議した。
「そうだ。そうだ」
「そうだ。そうだ」
「そうだ。そうだ」
きもち悪い三人組も同意の意思を表示した。
「事実を言っているだけよ。だって、そう見えるんだから仕方ないじゃありません。この顔はどう見ても喜んでいる顔よ」
山王丸は四人の抗議にも少しも動揺しなかった。
「あなたの言い方を聞いていると、この被害者が自分で死ぬことを望んでいるみたいじゃないですか。何かそういう事実を知っているのですか」
すると三人の特別捜査官は手帳を取り出すとメモをとりだした。この三人の特別秘密捜査官はこの女の顔をしげしげと見つめた。三人はこの女に不信感を持っているようだった。
「何の、理由もありませんわ。ただ事実として福沢くんの死に顔が安らかでそのうえに喜んでいるぐらいに見えただけということですわ」
「わかりました。今度の事件について何か関係があるんじゃないかと貴がついたことがあったらこのカードの電話番号に連絡してください」
「これは私こと警視庁捜査マイナス一課滝沢ひで開きのダイレクトコールです」
「まあ、可愛い」
山王丸和恵の顔がピンク色に輝いた。それと同時に滝沢が持っていたもう一枚のカードを田中れいなが引ったくりのように奪い取った。
「滝沢くん、こんなもの作っていたの」
田中れいなはそれをとり上げるとしげしげとそのカードを見つめた。電話カードで滝沢秀明の顔が載っていて電話ボックスに差し込むと相手さきにかかる仕組みになっているらしい。
「わたしにはくれなかったじゃない」
田中れいなは身体を滝沢秀明に押しつけた。
もちろん、山王丸和恵はそんなことは関係がないようだった。そして何か用事もあり、急いでいるようでもある。
「じゃあね。可愛い刑事さん。何か思い出したら教えてあげるわよ。それより仕事以外で一度会いたいわね」
行ってしまおうとする女を亀井えりがお前にはまだ用事があるのだというばかりに引き留めた。
「ちょっと待ってちょうだい。あんた、警視総監の愛人の住所を知っていますか」
突然の突拍子もない質問が出て来たので山王丸和恵は耳を疑った。
「えっ、なんて言ったの。ばかみたい。そんなの。知るわけがないじゃない」
そのまま彼女は行きすぎた。
「仕事熱心だな」
滝沢秀明は亀井えりに声をかけた。
「わたしたちの捜査の第一目的を忘れたらだめよ。滝沢くん」
「まあ、何も収穫がなかったんだから、ここの喫茶店にでもいきましょうよ」
道重さゆみが他の三人を促した。
「このアイスおいしい」
滝沢秀明が銀色のスプーンでアイスの一郭をくずして白い小さな固まりをすくい取ると口の中に運んだ、氷と液体の中間のような物体が滝沢秀明の口の中で溶けた。
「それにしても殺されて喜ばれている人間なんて初めて見たよ」
「あの山王丸和恵のことでしょう」
「いっときとは言え、わたしのおじさんだった人よ」
田中れいなが抗議した。
他の三人はチョコレートパフェをたのんだ。朝からコーヒーを飲んだだけで何も食べていない。これらの間食をさきに食べてから主食を注文するつもりだ。
三人は向かい合って座りながらテーブルの上に置かれたメニューを広げて見た。
「これ、食べてみたい」
道重さゆみがのぞき込んだメニューには変な料理の名前が書かれている。
「大正力カレー。何だよ。それ」
そばをウェートレスが通ったので滝沢秀明はそれがどんなものなのか、聞いてみた。
田中れいながさかんに食べたがっていたからである。しかし、その答えははなはだつまらないものだった。それでも田中れいなはしきりに食べたがった。この調子でいくと塀を作るために積み上げられている赤煉瓦でさえ囓り出すかも知れないと滝沢秀明は思った。
そんなもの注文するなと思ったが田中れいなはよだれをたらしてメニューを見ている。食いしん坊の宇宙生物兵器のようだった。
「よろしければ注文なさったら」
潜めた声で呼びかけられて滝沢は顔を上げた。コロボックルのような三人組もその方をちらりと見た。
「誰もいないかしら」
その人はあたりを見回した。
「誰かに見られると困るのよね。わたしにも立場というものがあるから」
やはり誰かに見られていないのか気がかりな様子だった。
「あなたは」
喫茶店にやって来たのは殺された福沢の同僚の角田久美子だった。
「あなたたちが福沢さんの事件を担当している刑事さんたちですか。あなたたちに教えたいことがあって、ここに来たんです」
やはり角田は声を潜めている。
「福沢さんが変死したの。そもそも事故死なんですか、それとも他殺なんですか」
「殺されたに決まっています。そうでなければわたしたち特別捜査員たちが出るはずがありません」
「じゃあ、他殺ということにします。あなたたちのお耳に入れたいことがあるんです。あの、言い忘れましたが、私、福沢さんと一緒に仕事をしていた角田久美子って言います」
「何か耳よりな情報ですか」
「あなたたち、まだ私達の職場の内実を全く知らないでしょう。それで正しくこの事件を把握してくれるか、心配だったから話に来たんです」
「そうですか。あなたのような人がいて下さると警察も助かります」
「ウィ、ウィ」
「別に警察を助けようと思ってここに来ているわけではありません。正しくあなた方がわたしたちの内部の本当の姿が伝わっているかどうか心配なので話に来ただけなんです」
「内部の本当の姿。何か意味深なことを言うな」
アイスのスプーンを片手に持ちながら滝沢秀明やキモキモ三人娘は身を乗り出した。そのスプーンはアイスの中に突っ込んであったので今はこの喫茶店の中の湿気が付着して霜が表面について金属的な光沢がなくなっている。亀井えり、道重さゆみ、田中れいなの三人は水の入ったガラスのコップを固く両手で握りしめた。
「失礼ですけど、刑事さん、恋愛関係は。まだ、だいぶ若いように見えるんですが。そうだ。まだお名前を伺っていませんでしたよね」
若いと言われて滝沢はむっとした。警視庁の精鋭、捜査マイナス一課の一員だ。しかし、亀井えり、道重さゆみ、田中れいなの三人組はもっと怒っているようだった。
「気分を害したようだったらごめんなさい。でもこの日テレ、アナウンス部で起きたこの殺人事件。あなたたちはそういう判断を下しているんでしょう。もし、そうなら、ここの捜査をするなら少なくともマンションの合い鍵を女の人と共有したことがあるくらいでないとこの内部のことは理解できないと思うんです」
すると田中れいなは強烈に抗議した。