カンフー刑事   第七回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

カンフー刑事   第七回

 警視庁の地下の研究室の前を通ると小川田まことがハンマーをがちがちいわせながらロボット刑事の顔をぼんぼんと叩いていた。ほかの部分は特殊合金で作っているのに、なぜ顔のところは中華鍋を素手で叩き出して作っているのかと疑問を持っていたら頭のところは飾り物でなんの機能も持っていないそうである。ただのかざりものだそうだ。爆弾で頭を飛ばされてもこのロボット刑事はなんの支障もなく動くと自慢気に言った。それなのになぜ顔の部分をハンマーの叩きだしで作っているのかと聞くとこうすると計算では出せない味がでるそうである。
「顔の部分はコンピューターによる設計では作れないんですよ。制作者の署名みたいなものだからね、りかちゃん」
そう言ってまたとんかちをかちかちいわせて顔のでこぼこを彫っている。それから思い出したように
「石田川ゆり子のマンションに行くように連絡があったそうですよ。石川田りかちゃん。あのマンションもなかなかのくわせものだそうだよ。まるでマンションが人間みたいに人格を持っているような言い方ですが。あの所有者が所有者だからな」
 石川田りかはあの白亜の殿堂にまた向かった。女子大生が住むにはふさわしくない建物である。と同時に日本には金持ちがいるものだと思った。これを建てたのはあの有名な美容家である。
「生活と美を調和させるか、さすがに商売とはいえ、うまいことを言うものね」
刑事石川田りかはなぜだか、あんこのたくさん入った大判焼きを食べたくなった。それからあのマンションを調査したあとには日本蕎麦の有名なところが軒を並べている場所があるのでそこへ行ってとろろ蕎麦でも食べて警視庁に戻ろうかと思った。
 車を停めるとそこにはこの前に捜査したときと同じハリウッドのスターが住むような白亜の豪邸が目の前をふさいだ。
「刑事さん、待っていましたよ」
彼女の車がマンションの前に止まる音を聞いて管理人が部屋の中からあわてて出て来た。
 民間人のほうから警察の捜査に協力するとは珍しい。
「堺るい子会長からのご指示なんです。うちの間借り人から自殺者を出したなんて縁起でもない。このさい徹底的な調査をするようにというお話です。それにこのマンションの特殊性をご存知ですか」
「生活と美を調和させるというやつですか」
「ええ、ひとつの部屋をこんなに大きくしていて、ひとつひとつの部屋がみんな違っているなんて、変わったマンションだと思うでしょう。わたしなんかも知らない仕組みがこのマンションにはあるんです。その設計者が来ています。その人がもっと有益な情報を教えてくれるかも知れませんよ」
管理人はにこりともせず石川田りかをしたがえてエレベーターの入り口に立った。
「そうだ。忘れていた。刑事さんが捜査に来てから二、三日して石田川さんの部屋を見せてくれと来た男がいましたよ」
「なんですって」
刑事石川田りかは思わず声をあげた。
刑事に商売敵なんぞはいない。もし、いるとすれば犯人だけだ。この事件が他殺か自殺か、まだわからないが。なんの関係もない人間がこんなところに首をつっこんでは来ないだろう。いや、何人かはいる。堺るい子をたねにしている週刊誌の記者とか、ライバルの美容業界の経営者という線もある。でも誰なんだろう。
「どんな人。わざわざここまで来て調べに来るなんて」
「若い人でしたよ。わたしの見たところ中国人のようでした」
エレベーターを三階で降りると石田川ゆり子のコンドミニアムの入り口のドアは開いていた。
「このマンションの設計をした黛菅五郎さんがお待ちしています」
管理人はドアが開いているのを確認するとまたエレベーターに乗って一階に下りて行った。
 石川田りかが大きなリビングルームに入って行くと、ソファーに腰掛けてこのマンションの設計者の黛菅五郎が目の前に資料、彼の座っている横には計測機器を置いて座っていた。この建築家は変な建物を建てることで有名だった。まだ若い建築家である。それに目をつけた堺るい子が変わったマンションを建ててくれと依頼して建てられたのがこのマンションだった。しかし表面的にはけばけばしい豪華さはあるものの実質は普通のマンションだった。とこの前までは石川田りか警部は思っていた。
「わたしがこのマンションを設計した黛菅五郎です」
「あなたのほうから捜査に協力してくださるそうですね」
「これも堺るい子さんの指示です。ふつうに調べていてもこの建物のすべてはわかりませんよ。たとえばこの超音波スキャナーが一台でもなければね」
「それはどういうことですか」
「けっこう、ここには隠し戸棚なんかがたくさんあるんですよ」
「鑑識でも発見出来ないような」
「そうです。超音波スキャナーがなければね」
「なんで最初の捜査のとき、そのことを言ってくれなかったんですか」
「別に言う必要もないでしょう」
最初の捜査に着手したのは正統捜査一課の連中だった。石川田りか自身、正統捜査一課の連中のやっていることだからどうでもよかった。
「でも石田川さんの買ったのはあんまり変なことはしていませんよ。あそこに見えるスカッシュの部屋がありますよね。あれは完全に密閉することが出来て排水溝や、酸素ポンプまで備えられています。あそこを水でいっぱいにすればインドまぐろを飼うことだって出来るんですよ。そしてマントルピースを見ましたよね」
「あそこは警察でも調べてあります。隠し金庫ですよね。でもあの中にはなにもありませんでしたよ」
「ええ、そうです。たしかに隠し金庫です。でもあそこのはじに電気のコンセントがあるのを見つけませんでしたか。あそこに電気のコンセントのかたちをしたメモリーを差し込むと二重底になったもう一台の金庫があくんです。どろぼうもそこまでは見つけられませんよ。これがそのコンセント」
「じゃあ、隠し金庫の隠し金庫を開けてくれるんですか」
「もちろん」
石川田りかは黛菅五郎とともにマントルピースのある部屋に行った。マントルピースの横のほうをいじくると扉があいた。その中にまた電気のコンセントがあった。黛菅五郎はそのコンセントに変なかたちをした器具をさしこんだ。すると、たんに背面だと思っていた金庫の壁があいた。石川田りかは背をかがめてその中に手をのばした。
「刑事さん、なにか置いてあるみたいじゃないですか」
「ちょっと、待って、待ってぇ」
石川田りかはあわててのばしていた手を引っ込めて鑑識用の手袋をしてビニール袋をとりだした。金庫の底には小さなノートぐらいの大きさのものが置いてある。石川田りかは手袋をはめた手を伸ばしてそれをとりだした。
「刑事さん、写真じゃないですか」
「そうですね」
それは女性の写真だった。それも妖艶な美女である。写真のはじのところには見たこともないような変なサインが書かれている。
「刑事さん、色っぽい美女ですね。日本人じゃないでしょう。雰囲気でわかりますよ」
「そうですね。これは日本人じゃないわね。中国人だわ」
石川田りかは写真を裏返してみた。そこには英語が書かれている。筆記体で書かれている。日本語で発音すればブリジット・リン。
「ブリジット・リン。知り合いにいますか」
「いいえ」