大江戸パープルナイト  第四回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

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大江戸パープルナイト  第四回
ペ・ヨンジュは台所にある桜の花があしらわれた小鉢を持って来た。
同じ場所にいるふたりの声はたしかにその小鉢から聞こえてくる。書斎にはペ・ヨンジュが手入れをしている華剣が置かれている。
その華剣も刀身が畳につかないようにとの、また転がらないようにとの配慮から逆さに伏せた茶碗の底の上に一部が置かれている。
「これニダ、これニダ。犯人は華剣ニダ」
ふたりは家宝の華剣の不思議な使用法を知った。華剣は花園や妖怪を呼び出すだけではなかったのであった。
華剣をお茶碗にふれさせて置くと、遠く離れた場所でお茶碗から華剣が声を拾い出し、その声を遠い場所に運ぶことがわかった。
そしてヨン様は華剣とお茶碗を紐で縛って、お茶碗に向かって話しかけると遠く離れた場所に置いてあるお茶碗からその声が聞こえてくることを確かめた。
そこでいつも決まった時間にそれを使って話したことが吉原の中にあるお茶碗からも流れて遊女もその話しを聞くことが出来ることがわかった。
そうしてヨン様がその作業を繰り返すことにより、阿部寛の屋敷にはその話しを聞いた江戸の住人から文が来るようになり、その文を読んだペ・ヨンジュがその内容を話すようになった。
それに対してまた文が来るようになったのである。
ヨン様はその作業を始める前に自分のこの作業とその作業によって流される内容も含めて、ヨン様の江戸紫の夜と名付けた。
くのいち屋敷に住んでいた山田優も井川遙も江戸の町に起こっているこの現象を知らなかった。
そして、もうひとつ知らないことがあった。
江戸の町には火竜あらため組という、一種の犯罪捜査組織が出来ていて、オランダから流れて来た高性能の武器を使った強盗や金蔵破り、忍者の集団による盗みなどを取り締まっていた。
ふたりはまだ蕎麦を半分まで食べていなかった蒸籠も蕎麦のつゆもまだ大部残っている。
蕎麦屋の中にいた客たちはそわそわしていた。
「もうそろそろ火竜あらため組が来るんじゃないかい」
この蕎麦屋の中に西洋から来た高性能の武器を持っている族や忍者がいたら大変なことになってしまう。
「みんな、そわそわしているみたいだけど」
「姉さん方、火竜あらため組が来るころなんだよ、何もなきゃいいけど、忍者なんかがいたら大変なことになっちまうぜ、ここが桶狭間の戦いみたいになっちまうからな」
あんちゃんは眼の下を赤くして言った。
「どうする、姉じゃ、江戸の町は面倒なことになっているみたいだわよ」
「そうみたいだわね、優ちゃん」
「とんずらする」
「賛成」
「あら、火竜あらため組だわ」
山田優が蕎麦屋の入り口の方を指さすと客たちはみんなその方を向いた。ふたりのくのいちの女は飛び上がると天井の梁の上に座って、下の客たちがあわてふためいているのを見た。
「みんな、きょろきょろしている」
ふたりの手には蕎麦の蒸籠、二段ずつとそばつゆの残っているそばちょこが握られている。
山田優は蕎麦をすすりながら、その様子を見ていた。
「優ちゃん、ここに長居は無用よ」
ふたりが屋根裏に出ると、夜空には月がかかっている。
ふたりは江戸八百八町の屋根瓦の上にとびのっていた。
そしてその上を走り抜け、ひとけのない河原におりたつと食べ残していた蕎麦の蒸籠にふたたび挑戦した。
その箸をひとつふたつ、つつかないあいだに
「待って、優ちゃん」
くのいち遙が振り返るのと山田優が後ろを振り返るのは全く同時だった。
ふたりの火炎玉が一直線に背後の茂みの中に飛んで行き、紫色の煙が立ち上がり、ごほごほとせき込みながら、マッシュルームカットのイギリス人が茂みの中から顔を出した。
「ひどい、ひどいでごじゃります。お仲間だと思っておりますのに」
金髪のイギリス人はまだせき込んでいる。
くのいち優と遙はまた顔を見合わせた。
「いやはや、まず手前から名をなのらなければなりませぬな、拙者、恋愛忍法、武田鉄也導師の一番弟子、ポール・マッカトーニーと申します。お見受けしたところ、あなた方も忍者、今の火炎玉ですべてがはっきりとわかり申した。最近は火竜あらため組などという輩があらわれて、忍者も生きにくい時代になりました。いやはや、あなた方が最初にあの蕎麦屋に入って来たときから、あなたがくのいちだということはわかっておりました。そして、あなた達が拙者と同様に蕎麦代が払えないのではないかということも、拙者も実はどうやってあの場を逃げようかと悩んでおりました。あなた方が騒ぎを起こしてくださったので、拙者もそれにまぎれて逃げ出すことが出来ました。そのことのお礼を申し上げようと思いまして、失礼ですがあなた方のあとをつけさせて頂いたのです。わたしも同じ忍法の道を志す者、どうか、エゲレスにいらっしゃった節には、わが屋敷、りんご忍者屋敷を訪ねてくだされ、では、失礼いたします」
エゲレス忍者が立ち去ろうとすると、くのいち遙が彼を引き留めた。
「待ってください。恋愛忍法と聞こえましたが」
「確かに、恋愛忍法と申しました。恋愛忍法をこころざす者は少数しかおりません。恥ずかしながらこのポール・マッカトーニー、武田鉄也導師の一番弟子でございます」
「本当ですか、あなたは武田鉄也導師を存知あげているのですか」
「わたくし、武田鉄也導師の一番弟子でございます」
くのいち井川遙はその言葉を聞くとまだ手をつけていない蕎麦と蕎麦つゆを差し出し、ポール・マッカトニーに食べるようにすすめた。
「食べてください、食べてください」
彼はその言葉を聞くと、すなおに貢ぎ物を受け取り、蕎麦をすすり始めた。
くのいち遙はポールが一心に蕎麦をすすっている姿を満足そうに見ていた、何か次の機会をうかがっているようだった。
しかし、当の本人くのいち優は腰に手を当てて、その様子を見下ろしていた。
「うまい、うまい、さすがに名の高い店だけのことはある。しかし、お二方、何故、拙者に親切にして頂けるのですかな」
そう言いながらポールはそのことに何の関心もないように見えた。
「実はわたしたち、くのいち、ふたり、恋愛忍法の世界で右に出る者がいないという武田鉄也導師にお目通りをかなえたいのです」
「なぜですか」
「実は恋愛忍法の奥義を究めたという武田導師に解決してもらいたいことがあるのです」
「若奥様のようなあなたがどんな問題を抱えているというのですか」
ポール・マッカトーニーはいぶかしげにくのいち遙の顔をしみじみと見つめたが、くのいち忍法ディープキスのような妖しいわざを使うにはこの女は清楚すぎると思った。
「いいえ、わたしではありません。ここにいる、くのいち十一号の優ちゃんの方なんですが」
「わたし、困っていないもん」
そばの立ち木に背を持たせながら、山田優がすねたように答えた。
「うそ、おっしゃい。そのほっぺたに出来たハートのマークのこと、すっかり気にしているじゃないの」
「そのことではないわよ。あの唐変木に変な病原菌を移されたんじゃないかと思って心配しているのよ」
ポール・マッカトニーは山田優の言葉を聞いて蕎麦を食べることのみに集中していた意識をはじめて外部に向けた。
その視線は山田優のほっぺたの方に釘付けになった。
そしてその反応は忍法博士マイケルくんと全く同様のものだった。
つまりマイケルくんのように頭の毛をかきむしると目をむきだして絶望とも驚愕とも違う声を上げた。
「逆デイープキッス返しだ。逆ディープキッス返しだ」
「変な声、出さないで頂戴よ」
山田優は不機嫌そうにポール・マッカトニーをにらみつけた。
山田優の眼にはいつもの強気とも違った不安の炎がちろちろとしている。
「まだ、あなた方のお名前を伺っていませんでしたな。わたくし、恋愛忍法の導師」
「武田鉄也の一番弟子、ポール・マッカートニーでしょう」
「そのとおり、あなた方は」
「くのいち七号、井川遙」
「同じく、くのいち十一号、山田優」
「そして、あなた方の願いというのは」
「武田鉄也導師にこのハート型のマークを消して頂きたいと思うのです」
「このポール・マッカトーニー、まだ恋愛忍法の皮相な部分だけしか理解していないのですが、山田優さまのほっぺたに出来ているのは確かに逆デイープキッス返しの証拠、噂に聞いていただけなので、それを見るのも今がはじめて、なにしろ拙者、あのいまわしい忍法くのいち忍法ディープキッスも見たことがございませんからな」
「なんなら、今、その技をかけて見せましょうか。沼にひそんでいる電気なまずのことも知らず足を踏み入れた馬のように身体がしびれて倒れてしまうわよ」
くのいち山田優は笹の葉を唇ではさみながら、ふてくされて言った。
「優ちゃん、お口を慎みなさい、とにかく優ちゃんのほっぺたについたハートのマークを消したいんです」
「うーむ、確かに恋愛忍法の奥義を究めた武田鉄也導師なら、それはいともたやすいことかも知れません。しかし、そのためには大変な費用がかかります。武田鉄也導師にその技の呪縛を解いてもらうには大変な料金がかかります。その金子を集めることが出来ますでしょうか」
「わたし達が蕎麦代も払えないのをご覧になったから、そう仰っているなら心配は無用ですわ、なにしろわたし達はくのいちですから、くのいち忍法にかかれば江戸一番の大店から、はては江戸城の本丸に忍び込むのもいともたやすいこと」
「その一言を聞いて、安心しました。実は今夜、不浄の金がある場所に集まります。それを石川五右衛門よろしく頂戴することにいたしましょう」
ここで今まで曇りがちだったくのいち山田優の顔は晴れ晴れとして、隠し持っていた宝刀を取りだした。
そしてその刀を鞘から抜いた。
「それは」
「雷剣よ。雷剣があれば天下無敵」
山田優が雷剣を抜いて夜空に照らすと妖しい紫色の電撃が蜘蛛の糸のように四方に広がりパチパチとなったのでポール・マッカトーニーは驚いて目をしばたいた。
「優ちゃん、そんな危ないものはしまいなさい」
三人は再び夜の江戸の町を戻った。
ポール・マッカトーニーは恋愛忍法を、女たちはくのいち忍法を使い、夜の見回りの目にもふれられることはない。
まるで闇の塊のようにその闇の中にまぎれて誰の目にふれることもなかった。
三人は貧乏長屋にたどり着いた。
「ここでございます」
長屋の住人たちはみんな寝静まっていたが一軒だけ茫洋と行灯の明かりが薄汚れて、ところどころ破れている入り口の障子に映っている家があり、春の夜なのにそのたなだけが木枯らしが吹いているようだった。
この長屋にはまるで絶望がうずまいているようだった。今まで隆盛を極めていたものも、幸福のまどろいに安逸の日々を送っていたものも、予想のつかない転落の運命に陥って、この深い底にころがり落ちて行った。そんな人間たちがこの長屋には住んでいたのだ。
「この家ですが」
破れた障子を細めにあけると中の部屋には行灯の明かりを囲んでボロきれを羽織った、頭がもじゃもじゃの眼球が半分顔から飛び出ている感じの太った男、髪型はアフロだったが、そしてもう一人、同じようにボロきれを羽織って長髪の丸めがねをかけた哲学者めいた風貌の男がイマジンを口ずさみながら座っていた。
「パパイヤさん、夜分、おそれいります」
するとパパイヤと呼ばれた男はアフロで巨大になった頭を回転させて、入り口の方を振り向いた。
彼は布がところどころ破れてぺしゃんこになった綿がその破れた布から飛び出ているはんてんを着ている。むかし原因のわからない奇病、綿死病というものがあった。その病気にかかると傷口から血が出て来ないで綿が出てくる。そしてしまいには身体の中がすべて綿になって、死んでしまうという病気だ。
その男はまるでそんな病気にかかっているようだった。
長髪の方は死人のようにイマジンをぼつぼつとつぶやいている。
「そちらの方たちは」
アフロヘヤーの男はけだるい身体を大儀そうに、上半身だけをひねって、言葉を発した。
「わたしの知り合いであります。この人たちが悪党たちをやっつけてくれます」
「そうですか」
パパイヤ鈴木はよろよろと立ち上がると三人の方にすがりつくような仕草をして近寄って来た。
長髪の方は移動せずにその場をよろよろと立ち上がると放心したように手を合わせている。
「とにかく、上がって下さい」
くのいち達はアフロの男が差し出した破れた座布団に座った。
そして三人の目の前には丸めがねの長髪がいれた出涸らしのお茶が置かれた。
「この人たちが助けてくれと言っているのです。遙さんに優さん。パパイヤさん、この人たちは忍術を使います。わたしの流派とは違いますが、大変な使い手です。あなたたちの力になってくれることでしょう。こちらがくのいち七号井川遙さん、そして、こちらがくのいち十一号山田優さんです。こちらがパパイヤ鈴木さん、そして手代のジョン・レノンさんです」
紹介されたアフロヘヤーは今にも崩れ落ちるくらいに感情の起伏を露わにして肩を震わせると半分涙で濡れた瞳を持ち上げた。
「ううううううううう、わたし、今は尾羽打ち枯らしておりますがかつては江戸でも有数の昆布問屋として知られておりました。パパイヤ昆布のパパイヤおぼろ昆布を皆様方はお口にしたことがあるかも知れません。大部、手広く商いをしておりました。この横にいるのが手代のジョン・レノンであります。不幸の荒波がどんなふうにやって来て船を丸飲みにしてしまうのかわかりません。考えもしないことがあったのが昨年のことでございました。ずっとわたしどもの商いは順調にいっていたのですがパパイヤおぼろ昆布を食べた江戸の住人が何人も腹が痛いと言ってぽっくりと死んでしまったのでございます。それからがわたしの店も手前どもも坂道を下るように不幸のどん底に落ちて行ったのでございます。
お役人から厳しいお取り調べは受けるは、そのうちにパパイヤ昆布も売れなくなり、回船屋への支払いも滞る始末、おぼれる者は藁をもつかむのたとえ通り、悪辣な金貸しに関わったのが運のつき、借金を半分返してやるからと言われ、半ば無理矢理に賭場につれていかれました。そこで明らかな八百長を仕組まれて、しまいに店も手放す仕儀にあいなったのでございます」
昆布問屋パパイヤ鈴木の話しはしまいには涙声になって聞こえなくなった。
「どうか、天下のお裁きを と言ってもお上はお聞き届け下さいません。この手代とふたり百代大橋のなかほどで身投げでもしようかと思い悩んでいたところをたまたまとおりかかったポール・マッカトーニーさまにお救い頂いたのでございます。聞けばポール・マッカトーニーさまは恋愛忍法の使い手とか、敵をうって頂こうと思い、今晩も賭場でわたくしのような小商人が悪者たちの餌食になろうかとか言う話しです。どうか、悪者を成敗してください」
今の話しを聞いてポール・マッカトーニーはふたりのくのいちの方を振り返った。
「お二方、話しはこういう具合です。これなら、その賭場の売り上げをわたし達が頂戴しても天道に背くことにはなりませんでしょう」
「わたしたちもお力をお貸ししましょう」
くのいち遙は優しげに言ったがその目的は明らかに違っていた。
くのいち山田優は雷剣が使えると思い、わくわくした。雷剣を実際の場面で使える機会が来たので、それが楽しみなのだった。
道具はただ飾っておくだけなら一種の鑑賞物である。それによって美術的感興を持ち主に与えることも出来るかも知れないが、その道具の機能を明らかにすることによってその道具に対する興味も執着もわくだろう。
雷剣には雷撃というわざがあることもひとつ山田優は知っていたが、まだひとつの機能をそなえていることを知っていたのである。
その機能を今夜、ためすことが出来る。そんな期待をである。
「とにかく、その賭場が開かれる場所に案内していただけますか」
くのいち山田優もくのいち井川遙もさぞいかがわしい場所でその賭場が開かれるのだろうと思っていたが、実際は意外な場所で開かれた。
日本でも指折りの京都に総本山を置く江戸の別院の本堂だというから驚きだった。
本堂の回りはしっかりと雨戸が閉められている。
雨戸も長屋の雨戸というわけではない、まるで石で作られたもののようだった。
光一つ漏れて来なかった。
どういういかがわしい手段を使ってこの由緒ある建物をやくざの使う賭場に使う算段がたったのか、くのいち達もそのことを知らなかったが今はそれを知る必要もなかった。
とにかくそんな幕府のお墨付きをもらっている建物の中だったから役人も手が出せなかった。
それが博打場を開いている連中の魂胆だった。
中では金欲の塊となった人間たちがその欲望をむき出しにして賽の目の動きを追っている。
そしてその中にはその犠牲となるべく連れて来られたパパイヤ鈴木のような哀れな子羊がいたことも事実である。
中にいる人間達は安心しているのか、外には膝小僧を出した非力そうな若者が長脇差しひとつで誰か来ないか見張っているだけだった。
「外にいるのはひとりよ、優ちゃん、あの若者を眠らせてちょうだい」
「言われなくてもわかっているわよ」
くのいち優はその若者がちょうどこちらを向いてあくびをしているときに、指を弾くと、丸薬が一直線に飛んで行き、その口の中に入った。
口を一直線に飛んで行き、ちょうど喉仏のど真ん中に命中して、そのまま食堂を通過した。
若者は声を出すことも忘れた。
するとその若者はその場に崩れ落ち、いびきをかいて眠り始めた。
パパイヤ鈴木はふんふんふん言いながら肩をいからせ胸を左右にふりながら前の方にししゃり出てくると指をさした。
「あそこです、あそこでやっているんですよ」
パパイヤ鈴木は恐ろしげにつぶやいた。
あなた方はここで待っていてください。
恋愛忍法の雄とくのいち忍者ふたりは本堂の回廊に飛び乗って中の様子をうかがうと不健康な煙の中に木札が動いていた。
中でおこなわれているのは丁半双六である。
壺の中にふたつのさいころを入れ、そのさいころの出た目をたして丁、つまり偶数か、半、つまり奇数かで勝負をわけるのである。
親とよばれる壺をふる役がいて、子というその賽の目に金品をかける方の役がいる。
座頭市にかならず出てくる場面であり、親がつまり壺振りが自分に都合のいい目を出す細工をして、座頭市がその賽、見せておくんなさいといい、賽を居合い抜きで真っ二つに切るとさいころの片方の目が出やすいように鉛のおもりなんかが仕組まれていたりするのだ。
座頭市の場面のように博打場の中は異様な熱気に包まれている。
木札がうずたかく積まれて、その賽の目ひとつで大金が動こうとしている。
「愛子さま、壺を振っておくなせぇ」
その場にいたやくざの親分のようなのが壺振りに言った。
しかし、その壺振りは一風変わっていた。
幼稚園児なのである。
そのやくざは幼稚園児を下に置かなかった。
「あれは」
ポール・マッカトーニーはつぶやいた。
「愛子親王」
「それでわかったわ。こんな権威のある寺の中で賭場が開かれているわけは。愛子親王を騙したのよ。幼稚園のお楽しみ会とか、何とか言って、愛子様に壺振りをさせるという名目でこの寺の本堂を使っているというわけね。愛子様はきっと自分がファミリーボードゲームをしていると思いこんでいるのよ。なんてことなの」
くのいち井川遙はつぶやいた。