電人少女まみり  第五回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

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芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第五回
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 もうすぐ墨田川で花火大会が開かれる。矢口まみりはその花火大会を楽しみにしている。
今度の花火大会はゴジラ松井くんが一緒に行こうと誘っている。どんな浴衣を着て行けばいいのだろう。
ゴジラ松井くん強力な印象を与える浴衣を着て行かなければならない。ゴジラ松井くんが、
うーん、可愛いと言って思わず抱きしめたくなるような浴衣をである。
矢口まみりは銀座に浴衣を買いに行くことにした。いろいろな浴衣を着てみるのは楽しみである。
自分がどんなふうに変身するのだろうかと思う。自分が浴衣のデザインによってどんなふうに変わるかということをである。
それが期待である。玄関にチャーミー石川の呼ぶ声が聞こえる。
「矢口さん、来たわよ」
「チャーミー石川、ちょっと待って」
お気に入りの服を着た矢口まみりが玄関から出ようとすると後ろから仮面の少女がついて来た。
言うまでもなく、スーパーロボ、ヤグチマミリ二号である。
「矢口さん、スーパーロボもつれて行かなければ」
つんくパパが言った。ロボもうなずく。そしてつんくパパもでかける準備をしている。
「つんくパパも行くの」
「もちろんだよ。矢口さん」
「つんくパパもスーパーロボも出かけたら、家の留守番は誰がするの」
「ダンデスピーク矢口がいるじゃないか」
矢口まみりが振り返ると老猿のそれでいて見ようによっては赤ちゃん猿にも見える、
ダンデスピーク矢口が中世の異端審問官のような顔つきで乾燥バナナをボリボリとかじりながらちらりと矢口さんの方を一瞥した。
「その仮面を被っている女の子は誰なの」
チャーミー石川が手を差しのばすとスーパーロボは手を握り返した。
「誰かに似ている」
チャーミー石川が言った。
「その仮面をとれないの」
「だめです。矢口さんが許しません」
「でもどこかで見たことがあるような気がする」
「親戚の女の子ですよ」
矢口まみり、チャーミー石川、つんくパパ、スーパーロボの四人は地下鉄に乗った。
ふたりの女の子の華やぎが地下鉄の車内の中を満たした。
「どんな浴衣を買おうかしら」
矢口まみりはピンク系統の浴衣を着ようかと思っている。ゴジラ松井くんはどんな浴衣を着てくるのだろうか。
「チャーミー石川。どんな浴衣を買うの」
つり革にぶら下がりながら、横にいるチャーミー石川に聞く。
矢口まみりは石川の耳たぶについているイヤリングが小刻みに揺れているのが可愛いと思う。
仮面を被ったスーパーロボはトンネルの壁面にかかれた行きすぎる広告を瞬間的に全部、自分のコンピューターの中に記憶している。
つんくパパはつり革にぶら下がっているふたりの前で一人だけ腰かけてふたりの乙女の顔を顎のあたりから見上げている。
つんくパパは発明家らしくもなく、サングラスをかけていた。
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 夏に着る浴衣を買った矢口まみりの一行は昔は歌の文句にあるように柳並木が続いていたであろう、歩道を歩く。
柳の木の代わりには宝くじを売る小さなボックスが建てられていてその中で宝くじが売られている。
宝くじの紙が何枚も重ねられてきれいに並べられている。遊園地の入場券に似ていないこともない。
その図柄は大きな観覧車を中心にそえてその間を飛行機とか、ロケットとか、人工衛星とか、
いろいろな空中を飛ぶ乗り物が飛んでいる絵が描かれていた。右手の方には瀬戸物屋とか小間物屋のビルが続いている。
銀座の交差点のあたりから築地の方へ抜けて行くと気持ち下り坂になっている。
その微妙に下り坂を降りていく。
測量器具でなければ感じられないくらいの微妙な傾斜であろう。
しかし、その下り坂もまた微妙に途中から上がっていくということをつんくパパは知っていた。
 小間物屋の隣はカメラ屋になっていて大きなショーウィンドーの中にはピカヒピカに磨き上げられたカメラが
ガラスの板の上にモデルのように立っている。つんくパパはそのカメラをのぞき込んだ。
カメラの軍艦と呼ばれる上部の巻き上げレバーやシャッタースピードのつまみのところは金色にメッキされている。
そして手にふれるところは何の皮だかわからないのだが、やはりつやつやと磨き上げられている。値札のところの丸の数を数えている。
つんくパパはその中の一つを近日中に買うのかもしれない。
つんくパパがその中を見ていると自分の顔が映っている横に女の子の顔がひとつ加わった。矢口まみりの顔である。
そしてその横にも一つ顔が加わった。チャーミー石川の顔である。そしてさらに横に仮面を被った女の子の顔が加わった。
スーパーロボ、ヤグチマミリ二号の顔である。その四つの顔がショーウィンドーに映ると誰が決めたというわけでもないが
四つの顔は同時にほほえんだ。やぐちまみりはそのとき幻影を見ていた。四つの並んだ顔の背後にその四つの顔を縦に並べたよりも、
もっと大きなゴジラ松井くんの顔がじょじょに浮かび上がってくるのを。しかし、実際にはそこにはゴジラ松井くんはいなかった。
ガラス窓には行き交う自動車が映っている。
 チャーミー石川が突如、素っ頓狂な声を上げた。
「見て見て。財布が落ちている」
矢口まみりたちがその落ちている財布を見ようとするとすでにチャーミ石川はその財布を拾い上げていた。
財布と言っても小さなぺらぺらな茶色の皮の剥げかかったペラペラの小銭入れだった。チャーミー石川は激しく息をしている。
何日も食事をしなかった無人島に漂着した髭ぼうぼうの漂流民が砂浜に埋まっている亀の卵を見つけて随喜の涙を流しているようだった。
そしてしきりにその小銭入れのチャックを開けようともがいている。
チャーミー石川の目は寄り目になってその薄っぺらな小銭入れに吸い寄せられていた。つんくパパはそのあまりにも常軌を逸した
チャーミー石川の表情に無言だったが、矢口まみりは石川の下心を察していたので、叱責の眼を石川に飛ばした。
「チャーミー、拾ったものは交番に届けなければならないなり」
スーパーロボも同意した。
「ソウナリ」
しかし、石川は眉の間に三本の縦皺をたてるとそのしなびた小銭入れを胸に抱いていやいやをした。
まるでネアンデルタール人のようである。北京原人のようでもある。たまたまはじめて
今までは食べられないと思われたものを食べて意外とうまく、滋養もあったので随喜の涙を流している原生人類のようである。
「矢口さん、チャーミー石川にその小銭入れを開けさせてやればいいじゃないか。きっと捨てて行ったんだよ。
ぺらぺらで中には何も入っていないようじゃないか」
チャーミー石川の瞳の中に喜びと感謝の色が広がった。まるで初めてバチカンに巡礼に来た熱心な信徒が目の前で天に
おわします大いなる神の奇跡を眼前で見せられて宗教的恍惚感に身を浸している人のようである。
 しかし、世の中には両面がある。砂浜に産み落とされた亀の卵を見つけて涙を流す人も親亀が涙を目にためながら
その卵を産み落としていることは知らないだろう。小銭入れを落としたのが海亀だったら恨みのこもった目で石川の方を見るだろう。
海亀の恨みを買うチャーミー石川。
 チャーミー石川はその薄っぺらな小銭入れとそこに入っている中身にすっかりと心を奪われていたのだった。
「おまわりさんが通りがかればいいなり」
「ソウナリ」
猫舌の熱いものが食べられない人が急に熱いおでんを口の中に入れてしまったように、
お手玉をしているように小銭入れのチャックを開けた石川だったが。
 矢口まみりもスーパーロボ、ヤグチマミリ二号もその結果に満足しているようだった。
「石川はやはり馬鹿なり」
「ソウナリ」
「お友達にそんな悪口を言うもんじゃありません」
とつんくパパ。
 薄っぺらな小銭入れの中にはやはり何も入っていなかったのだ。ご苦労さま、石川。
いや、待てよ、何も入っていないというのは間違いである。雨に濡れて茶色の染料の落ちている小銭入れの中には丁寧に折り畳まれている
紙片が一枚だけ入っている。それも染料で白い色が染まっている。
「矢口の馬鹿。やっぱり財布の中にお宝が入っているじゃありませんか。でも、矢口、矢口組、つまりミニモニのことだけど。
矢口組、ひらがなで書くとやぐちぐみ、やとぐの間にまを入れて、変換キーを押して、山口組。まあ、なんてことでしょう。
矢口ってやっぱり怖い人だったんだ」
「余計なことを言わないなり。それより中にはやっぱり、紙切れが一枚だけ、お金なんか入っていないなり。
石川の目論見はまんまとはずれたなり。アハハハハハなり。石川はやはり馬鹿なり」
「だから矢口は考えが浅はかなのよ。きっとこの紙切れは重要なものよ。そうだ。そうに違いないわ。
これは一億円の宝くじの当たり券なのよ。前後賞を合わせて二億円だわ。素晴らしい」
チャーミー石川はオペラの歌姫の扮する洗濯屋の娘っこが恋人のことを語るように両手を胸の前で合わせてねじるように上に上げた。
そのあいだにつんくパパはその紙切れを取り上げていた。
「石川さん、残念なことなんだけど。これは宝くじの当たり券なんかじゃないよ」
「じゃあ、なんですの。つんくパパ」
「喫茶店の割引券だね。二十周年記念でなんでも半額だって。喫茶、地球儀って書いてあるよ」
「パパ、場所はどこなり」
「矢口さん、ここのそばだよ晴海通りに抜ける十字路を左に曲がったところにあるみたいだ」