羅漢拳  第7回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第七回
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翌朝高校に出てくると吉澤ひとみはいつもと少しも変わりがなかった。いつもように心の奥底を隠していてそれでいて屈託がなかった。
「おはよう。」
吉澤ひとみが松村邦洋にいつもと変わりない調子であいさつをした。吉澤ひとみは松村邦洋が昨日彼女を尾行していたことに気づいていない様子だった。
「昨日はありがとう。お付き合いしてくれて。」
「いや、何、あれからどうした。」
松村邦洋はどきまぎして答えた。
「ううん、秘密。」
吉澤ひとみはいつものようにいたずらっぽく笑った。笑うと頬にえくぼができた。校内では吉澤ひとみはいつものように、本人はその気がないのだろうがマドンナとして振る舞っていた。だから男子は吉澤ひとみの前に来るとどきまぎしてしまうのだが吉澤ひとみを尾行していた松村邦洋にしてみれば余計どきまぎしてしまうのも当然だった。松村邦洋の吉澤ひとみに対する疑惑は深まるばかりだった。その後吉澤ひとみを追いかけていき、たどり着いた倉庫へも行ってみたがそこは何の変哲もなかった。他の倉庫と変わりなく何の異常もなかった。松村邦洋は吉澤ひとみの通っていたという高校を調べてみたいと思ったがそれは無理な相談だった。そんな事で松村邦洋の吉澤ひとみに対する疑惑は深まるばかりだった。それから少したったある放課後の午後体育の時間が終わり松村邦洋は鉄棒の前で途方に暮れていた。赤さび、黒くなっているこの鉄の棒がってひどくうらめしく見える。鉄棒の間に座ってグランドの方を見ていると生徒たちが駆け回っている。もうクラブ活動の時間らしい。鉄棒で前周りのできない生徒たちが何人か正規の時間が終わってからも練習していった。体育の授業でそれができない場合体育の成績の評価が一段階下がると体育の教師が言ったのだった。松村邦洋を含めて五、六にの生徒が鉄棒の前で練習していた。しかしその内そのメンバーもその課題に成功して一人抜け、二人抜けしていくうちに鉄棒の前回りのできない生徒は松村邦洋ともう一人の生徒だけとなった。そのもう一人の生徒というのは新しい転入生の滝沢秀明だった。二人の転入生のうち吉澤ひとみはバリバリとやっているのに滝沢秀明の方は完全にしょぼくれていた。松村邦洋広也は見るからに肥満体であまり運動の方は得意ではなさそうに見えるのは当然なのだがなにしろ自分の体重を支えるのが大変な感じで鉄棒にぶら下がってるのがやっとという感じだった。だから前回りができないというのは至極納得のいくことだが、滝沢秀明のように身体の均整のとれている見るからに運動神経の発達してそうな生徒がたかが鉄棒の前回りくらいができないというのは少し不思議な感じがする。大車輪をやれと言っているのではないのだから。何度か前回りに挑戦しているうちにしまいには練習しているのは二人だけという状態になってしまった。そして練習しているのは二人だけという気安さからかそれともお互いに弱点を共有しているという連帯感からか親密な感情が二人の間には生まれていた。松村邦洋が鉄棒に寄りかかりながら滝沢秀明に話しかけた。
「滝沢くんも鉄棒が苦手なのか。」
「まあね。こんなことできたあって世界の大勢に何の影響はないよ。」
「でも前回りができなかったら体育の評定をを一段階落とすというんやからたまらんわ。」
「君はあまり運動は得意ではないのかい。」
「まあな。この身体だろ体重がハンディになってぶら下がるのもしんどいよ。あと二十キロ体重を落としてみろよ。そしたらオリンピックだって夢じゃあらへん。」
「オリンピックなんて大きく出たねぇ。」
「君も吉澤さんと同じように東京から来たと言っていたやろう。」
「東京のP高校に通っていたんだ。」
「P高校て言ったらぁ、サッカー部で有名やないか。スポーツで名前を売るという方針で有名な高校やないか。そんな君が鉄棒の前回りりくらいができないなんて変やな。」
「そんなことはないさ。P高校といったっていろんな生徒がいるさ。」
「ああぁ、明日までに前回りができるようにならへんやろうか。」
「それは不可能というものだよ。」
鉄棒のを前回りのテストが明日にあるのだ。しかし今の様子では二人ともその目標に到達しそうにもない。したがって体育の成績も一段階落とされることになる。吉澤ひとみは今さっきまでハードルを跳んでいたのだがその姿も見えなくなっていた。
「今日も一緒に帰ろうやないか。二人とも鉄棒ができない中やからなぁ。」
「つまらないことで共通点ができたね。じゃあ校門のところで待っている。」
S高校を出て栗の木団地へ帰る途中には第二次世界大戦中作られた日本軍の軍事工場があった。そこで昔火薬が作られ貯蔵庫もある不気味な場所があった。昔はその旧軍需工場の周りは赤レンガで囲まれていて内部は所々に地下道が作られいざという時にはその地下道の中に工場の従業員は逃げ込むことができるようになっていたらしかった。内部の様子は今はどうなっているのかわからないが周囲の赤煉瓦の塀はほとんどが壊れかかっているがのこっている。そこはかなり広い場所であったので戦後医薬品メーカーがそこに工場を建てたがもともとの工場の敷地がかなり広い場所だったのでそこの場所をすべて使っているというわけではなかった。一部はやはり大阪市内だというのにやはり危険物を扱う工場が操業していた。しかし住宅が浸食してくるに従ってその工場も大阪府の指導に従って移転してしまった。そして今は残っているというのは少し離れたところにクリーニング工場が一つだけ立っているだけだった。しかし工場というにはおこがましいほどの大きさの建物でそれも昼間だけの営業でひとけがほとんどなかった。この近くに夜あるものといえば駐車場に四、六時中停められている何台かの営業用のワゴン車だけだった。だから薄気味悪い雑木林だけがここで重きをなしている。遠くのほうでカラスが泣き戦国時代の山路のような雰囲気を残している。昼間にはクヌギやならの林でそれなりに風情があるが夕暮れを過ぎてからはただ薄気味悪いだけだった。
「いつもこの道を通って帰ることにしてるんやがなんとなく気味が悪いな、違う道を選ぶんやった。」
「こんな時間に帰ることあまりないからなぁ君はどうなのこの時間にこの道を通ることあるの。」
「わてもほとんどないわ。」
そのとき雑木林の木陰ががさりと音を立ててその木立の中から金色の仮面をかぶった怪人が出てきた。体には体の線が分からないためなのか緑色のダブダブの服を着ていた。その怪人物は二人の前に立ちはだかった。二人は急に異様な風体した人間が目の前に現れたのであ然とした。
「おい滝沢、俺はお前に用がある。」
その男は金色の仮面を通してくぐもつた声で言った。
「おっ、おい。一体何の用だ。俺は滝沢秀明というが全然怪しいもんじゃあないぞ。」
滝沢秀明は去勢を張ってその金色のマスクした怪人物に答えたが最後の方は声が震えていた。
「ふふふふふ、その通りだよ。その滝沢秀明という男に用があるのだよ。私と一緒にい来てもらおうか。」
その金色の仮面をかぶった男はやはりくぐもった声で言った。その金色の仮面は不動明王をもっと近代的にした感じの仮面で仮面に固定された顔は無表情でそのためなおさら仮面は計り知れないような何かの力を表しているように威圧感があった。身体はいま言ったようにダブダブの緑の服で覆われ靴も緑、そしてその上に緑色の手袋をはめていた。そのくぐもった声からはその男が男なのかそれとも女のなのか若いのか年よりなのかも判断ができないがその金色の仮面は夜の闇の中で妖しく輝いていた。松村邦洋はその場を逃げだそうとしたがその怪人物に一喝された。
「ふふふふ、小僧、逃げようとしても無駄だ。お前はこの場面を見てしまった。お前も逃すわけにいかない。うくくくくく。」
怪人がくぐもった声でそう言って低い声で笑った。その怪人が二人に今にも襲いかかろうとしてるとき二人は背後に人影を感じた。金色の仮面の怪人物も驚いた表情をしているので二人が後ろを振り向くとそこには墨染めのころもをつけた修業僧のような人物がだらりと長い袂をブラブラさせながらすっくと立っていた。その修業僧は白髪のやせた老人だった。身体は小柄と言った方がよいだろう。顔に刻まれたしわは長い年月を感じさせる。目は羊のように柔和だった。それはまるで月の光の中にたたずむ菜の花のようだった。その修業僧は両の手のひらを会わせると静かに言った。
「御仏のお慈悲を。さぁ、二人ともお行きなさい。」
老人がそう言うと二人は老人の陰に回った。金色の仮面の怪人はその老人がただものでないと肌で感じ取っていたので身動きができなかった。老人は履いていた草履を静かに脱ぐと足を少し斜めに開いて空手の構えをした。老人は少しずつ息を吐きながら開いていた手をぎゅっとにぎりしめた。それはあたかも天下無双の弓の名手が常人では引けない強弓をきりりと引き絞ったかのようだった。金色の仮面の怪人は隠し持っていた直径七センチ位の八角形の円柱の長い棒をその老僧の上に振り下ろした。すると老僧はその鉄の棒をよけようともせず右手の人さし指と中指を出しその鉄の棒が頭に当たるかすか直前で受け止めた。動きを止められた怪人はまたその鉄の棒を振り上げ老僧のすねに打ち当てようとした。鉄の棒がうなりをあげながらしなった状態で飛んできた。老僧はそれをよけようともせずすねで受けた。すると鉄の棒はがつんと言う大きな音を立てて折れ曲がった。今度は老僧の攻撃する番だった。老人が両腕を交差させると左手でこぶしを作って黄金の仮面のみけんを打った。するとその金属部分はへこんで老人の拳のあとができ仮面にひびが入った。する怪人はうろたえてものすごい速度で夜の闇の中に走り去ってしまった。老人は再び手を合わせ、松村邦洋と滝沢秀明に礼をした。
「御仏のお慈悲を。」
老僧はそう言うと闇夜に吸い込まれるよう空中に跳び上がりムササビのように雑木林の木と木の間に飛び移るとやがて二人の視界から消えた。二人は全くあ然として声も出なかった。
「おい、今のはなんだよ。」
「いや、俺にもよくわからん。しかしこんなこと誰にも言わないでくれ頼むから。」
滝沢秀明はそう言って松村邦洋に頼み込んだ。
「うん、そう言うならだれにも言わないけど何か心当たりがあるのかい。」
「いや、ないこともないが。」
滝沢秀明は何かを考え込んでいるようだった。松村邦洋は心配気に
「もう、襲って来ないだろうか。」
「ん、わからない。」
「やっぱり警察に言った方がいいと違うか。」
「いやよしたほうがいいよ。警察が信じてくれるはずがないさ。ぼくら二人がきちがい扱いされるのがおちさ。」
滝沢秀明は松村邦洋をなだめるように言った。
「君はこれが初めてやろうけどわてはこれで変なことに出くわすのは二度目や。」
松村邦洋はつい口を滑らした。滝沢秀明はその事に興味を持ったようだった。
「二回目ってこんなことに二回も出会したのかい。」
松村邦洋はつい口を滑らせしまったのだ。
「いやにどうも襲われたことやあらへん。変なことが。もうひとつあるってことだよ。このことはだれにも言わんでくれや。君と一緒に転校してきた吉澤ひとみさんのことや。」
松村邦洋のその言葉に滝沢秀明は多いに興味を持ったようだった。
「その話を教えてくれないか。」
滝沢秀明にそう言われて松村邦洋はこの前の吉澤ひとみから新聞部の取材に誘われたことやその後で吉澤ひとみを尾行をしたことなどを話した。滝沢秀明は松村邦洋の話に大いに心を動かされているようだった。
「あの吉澤さんがね。」
「いや人間は見かけだけじゃわからん。ああいうきれいな顔して何を考えているのか。」
「ああ、僕も彼女については少し割り切れないものを感じているんだ。暇があると学校の図書館に行って本を借りて読んでいるみたいなんだけどそれがその傾向がすごく偏っているみたいなんだよ。この前たまたま図書委員がいなくて臨時で図書委員を一日だけでやらされることになって図書室にいたんだけどやっぱり彼女は変わっているよ。図書室に来て何冊か借りて行ったけどさ。それが嵐寺の由来とか。奈良時代豪族氏名図とかそんなような地誌に関する本だったよ。おかしいと思って彼女の図書カードを調べて過去に彼女がどんな本を借りているか調べてみるとやっぱりそんな本が多いんだ。なぜだろう。」
滝沢秀明は話ながら自分な話の内容に興奮しているのか身ぶり手ぶりをくわえて松村邦洋に能弁に語った。
「うん確かなのは。あの女は怪しいと言うことだ。ほなら二人であの女のことを少し調べてみないか。」
「調べる、どうやるんだ。」
「何や、簡単や。吉澤ひとみは新聞部に入っているやないか。わてらも新聞部に入ればいいんや。そうして吉澤ひとみといつも行動を一緒にしていれば彼女の持っている秘密も解き明かすことができるだろう。それしかあらへん。」
二人は吉澤ひとみの秘密を調べるために新聞部に入ることにした。


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