小さな街  第二十三回 | 芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能界のちょっとだけ、知っていることについて

芸能人の追いかけを、やったりして、芸能人のことをちょっとだけ知っています、ちょっとだけ熱烈なファンです。あまり、深刻な話はありません。

第二十三回
***平井堅くん、あなたをここに呼び出したのは、何でかわかる。****俺様に愛の告白をするためか。まあ、しょっているのね。わたしから見たらあんたなんてまだまだ子供だわよ。******俺から見れば、先生、あんたは射程範囲内なんだぜ。******ふふふふふ、あなた、まだ、わたしがただの女子大生だと思っているわけ。****わしはこの女は、平井堅に絶技の初歩、不動観音拳を使うつもりだと思った。平井堅を金縛りにして、ちょっと脅すつもりなんだと思った。****あなたたち、不良たちが影で何をうわさ話をしているのかは、知っているわよ。誰がわたしのくちびるを最初に奪うことが出来るかと賭をしているそうじゃない。******へへへへへへ、そんなことを知っているのかい。先生。******わたしがあなたたちみたいな子供を相手にするとでも思っているの。こう見えてもわたし、武術の達人よ。あなたが瞬きをするあいだに、あなたの第一ボタンを取ってみせましょうか。*****瞬間的にわしは、この女、わざをしかけるなと思ったから、逆不動観音返し拳を山田優にかけた。すると一瞬、山田優は身動きが出来なくなり、何も知らない平井堅はくちびるを山田優の方に近付け、中一の分際でそのくちびるを奪ったのじゃ。くちびるを奪われた山田優は平井堅を払いのけた****あんたね。そう言って山田優は憎々しげな表情をしてわしの方をにらんだ*****わしの存在に気づいた、山田優はわしに落花百万波を送ってきたが、ときすでに遅しじゃ、平井堅にくちびるを奪われたという事実は事実じゃなあ。呆然としている山田優の目は潤んでいた。このことに驚いたのは平井堅だった。今までの気強い山田優とは多いの違いようじゃからな****先生、はじめてだったのかい****言うまでもないじゃろう。霞雲天下閣には男がいないのだからな。*****あなたが悪いわけじゃないの、あのじじいが悪いのよ。あのじじいが****わしは思い切りあかんべえをしてやった。****ごめん、先生がはじめてだって知らなかったんだよ。あの、じじいが悪いのか、じゃあ、俺があのじじいを懲らしめてやる。******あなたなんかに歯が立つ相手じゃないわ。でも、先生が悪いんだよ。こんなところに呼び出すから。*******わたしだって、こんなことになるなんて思っていなかったよ。このことは誰にもいわないぜ。絶対に、こんなこと、誰にも知られたら先生だって困るだろう。俺だって不良だけど、そのくらいのことはわかるさ。だって先生が全然よけないだもん。絶対、誰にも言わないから****山田優は目のあたりを指で拭っていた。結局、わしが悪者になったわけじゃがな。それからが見物じゃ。わたしのくちびるを奪ったからには、結婚してくれますわよね。今日からわたしはあなたの花嫁です。霞雲天下閣の姫君、山田優は平井堅を勝手に花婿に決めてしまった。教室にいるあいだは全くの赤の他人としてお互いにそしらぬふりをして、実際は永世の夫婦としての契りを結んでいるのじゃからな。これはおかしなものじゃて。教室の中ではふたりは互いにそ知らぬふりをしていながら、心はつながっているのだから、まわりの人間にとっては迷惑だというものだよ。お互いに感情を押し殺していても、その妖しい雰囲気は他の生徒たちにもわかる。それが山田優と平井堅のためだということがわからなくても、今まできれいなお姉さんが教室の中にやって来て、毎日楽しかったのに、何だかおもしろくない、その理由がわからないのだからな。教室にどんなに多くの人間がいても、その中には山田優と平井堅のふたりだけしか、いないというわけだ。結局、おもしろくない原因というのがそのふたりであって、何で、そういうことになったのか教室の連中はよくわからない。しかし、ふたりだけは、この世のものではないというくらい楽しいときを過ごしているのだからな。美術の教育実習生として山田優が鳳凰中に来ていることは言ったけど、美術の歴史の勉強のとき、教科書の中に出てくる画家の評伝のような話しになった。その画家がモデルの女とつぎつぎと浮気をしている話しになり、山田優はそのことについて生徒たちの感想を聞いていった。つぎつぎと質問されて答えていく生徒たちの答えはそれについて肯定的なものが多かったが、山田優はいつものような冷たい調子で平井堅にも同じ質問をした。そして平井堅も同じような答えを用意していた。
すると、黒板の方に向いていた山田優は、みなさん、同じような意見なのですね。少し、違った意見も聞きたいと思いました。と少しだけ感情の片鱗を見せる意見を言った。教室の生徒たちは山田優がなぜそんなことを言うのかわからなかった。学校が終わったあとで山田優と平井堅は会っていたのだ。山田優は平井堅を霞雲天下閣の花婿にしようと思っていたから、七海十六結を伝授しなければならなかった。この市の裏山にたまにロッククライミングの練習でしか人が来ることしかない春には新緑が秋には紅葉で絵のような風景になる神仙倒郷という場所があるだろう。そこで山田優は平井堅に七海十六結を教えていたのだ。山田優が木の枝にふれると小鳥が集まってくる。
****先生、小鳥と話しているみたいじゃないか。小鳥の言葉がわかるのかい。
*****わたしはあの山の頂上で、誰も友達もいなかったわ。話す相手というのは小鳥だけ、小鳥の言葉だってわかるわ
******小鳥と話して、何をしていたんだい
*****小鳥が武術の練習相手でもあった。でも、今はあなたという話し相手がいる。そして武術を教える相手も、ひとりぼっちじゃない。
そして、山田優は平井堅をじっと見つめた。
****俺も、ひとりぼっちじゃない。でも、何で七海十六結なんてものを身につけなければならないんだ。
****それも、わたしと結婚するためよ。ねぇ、堅くん、今日のあなたの答えにはがっかりしたわ。あなたも男だから、わたしと会っていないときには、わたし以外の女にやさしくすることもあるの
****いつも、俺の心の中をしめているのは先生、あんただけだよ
すると山田優は悲しそうな顔をした。
****うれしい。でも、先生なんて呼ばないでください。今は身も心もあなたのもの。あなたは未来の霞雲天下閣の主人、そして、あなたはわたしの夫・・・・・・・
こんな調子じゃったのじゃ。平井堅の七海十六結、修得のための修行も進んでいた。山田優と平井堅、ふたりはこのうえもないお似合いの組み合わせだとばかり思っていた。しかし、どういうわけか、山田優は平井堅のもとを去ったのじゃ。しかし、けっして山田優が平井堅を思う心に間違いはないはず、だから、ふたりの思い出にひたるために山田優はこの市に戻ってくるのじゃ」
「先生、お言葉ですが」
ルー大柴も命を助けて貰ったために、風船拳老師、武田鉄也のことを先生と呼んでいる。
「わたくしの目が間違っているのでなければ、山田優は、ここにいる上戸彩の弟を見たときに明らかに態度が違って来たのではないかと思うのですが」
そのことは確かに、仲村トオルも感じていた。山田優はここに上戸彩の弟を見たときに態度が変わって、自分たちに対する攻撃を中止したのである。
武田鉄也は上戸彩の弟を見つめた。
「たしかに、そのことはわしも感じた。上戸彩の弟、お前は何か、知っているのか」
「僕、何にも、知らないよ。それに、お前なんか、耄碌した自転車屋のじじいじゃないか。僕の父さんはこの市の市長なんだぞ、失礼じゃないか。それに、僕のお姉ちゃんは昔、日本全国美少女大会で優勝したんだぞ」
その言葉に武田鉄也の孫娘も黙っていなかった。
「うるさいわねぇ、うちのおじいちゃんを侮辱する気、うちのおじいちゃんなんか、毎日、十円、あげておけば喜んでいるんだから」
「まあ、まあ、いいじゃないですか。市長の一家さんも、武田自転車店の皆さんも同じ市に住んでいるんですから、仲良くしましょうよ。じゃあ、これからチェ・ジュウの撮影が始まりますから、帰って頂けますよね」
長兄の所ジョージが調子よく言うと
「わしはここで見ているぞ、味噌味のおにぎりも持って来ているんだからな」
「僕だって帰らないよ。撮影を見ていくからね。そのために近所の駄菓子屋でソースカツ煎餅まで買って来たんだからね」
「もう、まったく、非業界人のくせに」
長兄の所ジョージが息巻き、市川崑が苦々しげにしけたタバコをかみしめた。市川崑がこんなに苦々しい顔をするのは東京オリンピックを映画に撮って、サザエさんで冷笑されたとき以来である。
「わたし、いいわよ。いいですわ」
チェ・ジュウが鈴のような声で答えると
「ここのご主人さまもそう言っていらっしゃる、とにかく、撮影の邪魔はしないでくださいよ」
さっきは命を助けられて、先生と呼んでいた所ジョージが、その恩も忘れて苦々しく答えた。
「この線から出ないこと」
所ジョージが白い布テープで線を引くと、観客たちは大人しく、その線のうしろに座った。
早速、首からカメラをぶら下げた市川崑はそこらじゅうを測量士のように歩き回っている。
仲村トオルは大人しく座っている彼らを見ながら、この市には三つのグループがいると思った。
一つは伝説の大番長たち、彼らは人間離れしている。山田優も、武田鉄也もこのグループに入る。
そして、自分たち一般人だ。
それから得体の知れない人間がいる。むしろ大番長たちよりも不気味だとも言える。
それがヨン様だ。そして仲村トオルはなぜか、上戸彩の弟にこのヨン様と同じにおいを感じているのだった。
そして撮影が始まった。つぎつぎと焚かれるフラッシュ、その中で市川崑が舞い踊っている。
神殿の前で踊られている古代の舞のようだった。
チェ・ジュウは神殿に飾られている神鏡である。
チェ・ジュウはいろいろな表情を見せた。
ときどき、チェ・ジュウが仲村トオルの方を見て、微笑むので、彼はドキリとした。
実際は市川崑のカメラのレンズの方を見て微笑んでいるのだが、仲村トオルが自分の方を見て微笑んでいると勘違いしているだけだったのだ。
チェ・ジュウの着替え室は二階の小さな事務室があてがわれていた。
入り口にはひっくり返せる札がかけられていて、チェ・ジュウが着替えているか、どうかがわかった。
仲村トオルはよく乾燥したタオルを持って来て欲しいと頼まれたので、それを持って着替え室の前に行くとチェ・ジュウは部屋の中にいるようだった。
「タオル、持って来ましたよ」
仲村トオルがドアをノックすると
「入ってください」
仲村トオルは中に入ると、どきりとした。チェ・ジュウは髪を三つ編みにして、普段と同じように白い体操着を着ていたからだ。
振り返ったチェ・ジュウの顔は自分と同じ中学生のそれだった。椅子の上から生足が出ている。
「タ、タオル、持って来ました」
「こっちに持って来て」
チェ・ジュウは甘えた声を出した。
「ふう、暑い、暑い」
チェ・ジュウはくちびるをとがらせて息をはげしくしている。
額のあたりには汗が浮かんでいる。
「タオル、貸してくださる」
仲村トオルがタオルを手渡そうとすると、その手をとって自分のふともものところにぴったりと押し当てた。
「ねえ、熱いでしょう」
チェ・ジュウは顔を上げて仲村トオルの方を見た。
チェ・ジュウのふとももの上の汗が仲村トオルの手のひらについた。
「チェ・ジュウ、用意できましたよ」
部屋の外の方で長兄の所ジョージの声が聞こえると、チェ・ジュウは他人行儀になって、
「はーい」
と大きな声で返事をした。
「ねぇ、あとであなたに渡したいものがあるの。受け取ってくださいますか」
仲村トオルが返事をしないうちに、チェ・ジュウは何事もないように出て行った。
撮影はほぼ二時間くらいで終わった。
風船拳老師武田鉄也は孫娘を自転車の荷台に乗せて帰って行った。上戸彩の弟も野球帽を被って帰って行った。
長兄の所ジョージも市川崑もチェ・ジュウを送って行くとか、何とか、言い訳を作って、チェ・ジュウの車に乗り込んだ。
馬鹿三人は旧市庁舎の前に立っている。
街路樹にはいい具合に緑の葉がついていて、爽やかな風が流れている。仲村トオルはこの秘密をルー大柴や別所哲也に話していいものかどうか迷っていた。
撮影が終わり近くになったときに、誰も見ていない場所で、仲村トオルとチェ・ジュウはふたりきりになり、そこで彼女は仲村トオルに秘密のプレゼントをしたのだ。それは未現像のスライド用のフィルムだった。
「これ、受け取ってくださいますか」
「なに、これ」
「市川崑さんが、くれたのよ。記念にって、ちょっと大人ぽすぎる表情ばかりになっているから、写真集にのせられないから、記念にくれるって言ったんです。受け取ってくれますか。現像したら、その表情が載っているはずだって」
「何で、僕に」
「ヒ・ミ・ツ」
チェ・ジュウは謎の微笑みを残して、その場を去った。
秘密のフィルムがポケットの中に入っている。
一体、何が写っているのか。
このことを他のふたりに話していいものか、どうか。
「別所、お前、チェ・ジュウの着替え室の前であたりを伺ってうろうろしていただろう」
「何で、知っているんだよ。そういうお前だって、チェ・ジュウの更衣室の中を伺っていたじゃないか」
「お前も知っているのかよ」
仲村トオルの知らないところで、ふたりは何かをしていたらしい。
そんなことは全く、仲村トオルは知らなかった。
「ポケットが膨らんでいるんですけど」
「そういうあなたもポケットが膨らんでいます」
「同時にポケットの中のものを出すか」
「よし、そうするか。いち・に・さん」
ルー大柴と別所哲也は同時にポケットの中のものを出した。
ふたりの手には黒い柔らかそうなものが握られている。
「お前ら、何、やってんだよ」
仲村トオルは絶句した。
「お前ら、犯罪者か」
「仕方ないだろう、記念品が欲しかったんだよ」
「右に同意」
「これ、一生の宝物だからね」
「右に同意」
ルー大柴の手には刺繍の入ったチェ・ジュウのパンティが握られていた。
別所哲也の手には同じように刺繍の入ったチェ・ジュウの黒いブラジャーが。
「チェ・ジュウ、気がつかないか」
「大丈夫、大丈夫、下着類、だいぶ持って来ていたみたいだから」
「それにしても、中学生のくせに大人ぽい、下着をしているな」
「右に同意」
仲村トオルもその事実よりも下着の意外さに驚いていた。
「隠せ、隠せ」
別所哲也が声を立てた。三人はあわてて、ポケットの中に下着をしまった。
「おーい、元気か」
向こうの方から倖田來未がやってくる。その横には有村架純がいた。
「道の真ん中で何、話してんのよ。また、くだらないことだと思うけどね。用事は終わったの。今日、下駄箱で話していたじゃない」
「終わった、終わった」
ルー大柴がにたにたして答えたがその表情はどこか、ぎこちなかった。
「何か、ポケットが膨らんでいるみたいだけど」
「何でも、ないよ」
「それより、ふたりともどうしたの、こんな時間にこんなところを歩いていて」
別所哲也が照れ笑いをしながら答えた。
「下着を買いに行ったところなのよ。ちょっと大人ぽい、下着を買おうと思ってね。ふたりとも、うんと大人ぽい、セクシーなの買っちゃったんだよ、三人にも見せてあげたいわ」
有村架純が少し、照れた表情をして、仲村トオルの方を見上げた。
仲村トオルは心苦しかったというより、何で、ふたりが下着どろぼうのような真似をしたときに、有村架純と倖田來未のふたりが下着を買いに行ったのに出会ったのだろうかと思った。
この不思議な一致をどう思っているのだろうかと、ルー大柴と別所哲也のふたりを見たが、ふたりは何も感じていないようだった。
「女子中学生が下着の話しをしちゃ、だめだと、父ちゃんが言っていたぞ」
「ニダニダ」
その声をする方を見るとヨン様とおかねどんぐりくんがふたり並んで、五人の方を見ている。
「お前達、友達だったのか」
「そんなことはどうでもいい」
「ニダニダ」
ヨン様とおかねどんぐりくんは声を合わせた。
本当に不気味なグループの中にこのおかねどんぐりくんを入れておくのを忘れていたと仲村トオルは思った。
確かに、このおかねどんぐりくんもヨン様や上戸彩の弟と同じにおいがすると思った。
「女が自分から下着の話しをするのは男を誘っている前兆だと、父ちゃんが言っていたぞ」
「ニダ、ニダ」
ヨン様も同意した。