この2週間ほど、本業の人事と人材開発の業務を中断し、関連会社経理業務に注力しています。経理と言ってもお恥ずかしい話、実態は営業事務のおこなう販売管理業務に近いのですが・・・

 

この業務に携わる中、教育関連のワードのほとんどが頭から抜けている事に気が付きました。 どれくらい抜けていたかというと、企業倫理や企業哲学についてほとんど考えなかったという程度です。そもそも、自身の思考の整理とアウトプットのためにここを使い始めたわけで、それがないということは考えていないこととほぼ同義となります。

 

この期間中の自身を振り返って感じるのは、1日に15分でも30分でも、強制的に哲学や学びについて触れる機会をつくらないと、人はなかなか取り組まないということです。逆に、自発的かどうかに関わらず、常に皆で取り組む流れができていれば、少しは考えるようになるなということです。つまり、教育は従業員がどう感じようが反発があろうが、決めたらまずはその席についてもらって、全体で取り組んでみることが第一歩じゃないかという考えに至りました。

 

いまはもう解散しましたが、盛和塾や木鶏会などを検索すると、ネガティブな意見も結構書かれていますね。実際その手の研修は手数がかかりますし、その人の受け止め方ですから否定はしませんし、それがどうしても受け入れられないのであれば、その会社を去れば良いんじゃないかなと思います。ただ・・・色々なことを突き詰めて考えてしまうと、いきつくのは哲学的な思考で、答えが出ない中でも学びながらよりよくしていくために判断して行動していくものなんじゃないかと、おぼろげながら理解に至っています。私は極力宗教にしたくないので、正解はこう!という形でものを言いたくありません。読み合わせやその感想などを皆で取り組むことに対して宗教だ!とネットで罵る方には、残念ながら声の大きい人なんだという感想しかありませんし、社内にそういう方がいないことを願っています。