19歳の猫のマーが突然のけいれん発作に倒れたのは2カ月前のことでした。

マーとともに育った長女は、普段は県内で一人暮らしをしているのですが、マーと一緒に過ごしたいと言って時々帰ってきて添い寝をしては、次の日朝早く出勤するような、我が家はマー中心の生活になりました。

病院でもらったけいれんを抑える薬を飲ませても、はじめはあまり効果がありませんでした。
苦しそうな発作が起こるたびに、体をなでて声をかけても、人にはどうすることもできない無力さがしみて、家族にはとてもつらいものでした。

きついね、もうすぐ終わるよ、頑張ろうと、何の根拠もなく、ただ、ひたすら励まして、発作が治まるのを待つ、そんな日々が始まりました。

はじめのうちマーは発作のない時には、よたよたとしながらも家の中を自由に歩き回っていました。

帰って来た長女は、マーは外が好きだから、庭を歩かせてあげたいというので、外に出すと、なんだかうれしそうにちょっと足取り軽く散歩をしたりして、楽しい時間でした。

ただ、油断すると木の茂みの中に向かったり、道路の側溝の中に入って行こうとするから、気の抜けない散歩でした。

家の中でも、ソファの後ろや家具の隙間に入り込もうとして、前には進めても、後ろに下がることはできずに頭がはさまれて身動きが取れなくなったりしました。
体の自由が利かずに息ができない体勢になったりしたら大変だと思い、リビングはマー仕様になり、入りそうな隙間という隙間には新聞紙をつめたり、バリケードをつくったりしました。


その作業をしながら、普段は目の届かない場所に、粗相をした痕跡を見つけました。
マーの発作は突然起こったと思っていたのですが、実はその前から、体には異常が起こっていたのだと後から気づきました。


そして、死期を悟った猫は、自らの亡骸を隠す場所を求めてさまよい、いなくなるという先人の教えを思い知らされました。

マーは誰にも知られずに、ひっそりと身を隠す場所を求めていただろうに、その願いをかなえてあげることは、どうしてもできませんでした。

9日間の闘病のあと、マーは家族に見守られて静かに最期のときを迎えました。

マーを手厚く葬りたいという我が家のみんなの願いは、かないました。

ただ、猫の本能に従った最期にしてあげられなかったことを、私は亡くなったあともずっと悔やんできました。

でも、このごろやっと、マーも、天国から、ありがとうと言ってくれていると思えるようになりました。

マーが眠る庭の片隅は、我が家にとって大切な安らぎをくれる場所になりました。



マーは元気なころには外で野良ネコや狸を威嚇して回る強い子でした。
闘病中もあのころを思い出してか、部屋中をあちこちパトロールみたいなことをしてみたり、疲れて、ぐったりと眠り、また起きて歩き回り、眠り、昼も夜も、その繰り返しが何日か続きました。

発作を抑える薬が効いたのか、のた打ち回る体力がなくなったのか、大きな発作は起きなくなりましたが、小さな発作のたびに、足腰がよわり、5日目ぐらいからは歩くこともできなくなってしまいました。
だんだんと自分でものを食べることができなくなり、 スポイドで水とクリーム状の餌を口に含ませると、ようやくムチャムチャごっくんと、やっとできるほど弱っていきました。

寝たきりになり、おむつをはめて横たわるマーに、ごはんだよと言って食べさせながら、いつしか私は、この子が人間の子なら、我が子だったならと思うようになりました。

マーには、終わりが近づいている・・・涙
元気になって、元のように歩き回ることは、それはたぶんむり・・・
ただ、命の終わりを静かに迎えるだけ・・・涙
この子が人間の子どもなら・・・
猫でなくて、我が子だったなら・・・涙 泣 

治らない病におかされて、力なく横たわるだけで、時々目を開けたり閉じたりするぐらいになり、眠り続けるマーは、私に大切なことを語りかけてくれるようでした。


そう、大切なこと・・・


いままで
不幸を嘆き続けてきました。

学校が大好きだった子を、いきなり不登校にさせてしまう恐ろしい病気があるんですよとあちこちできゃんきゃんとほえてきました。


でも、このごろ、そういう事を外に向かって叫ぶよりも、もっと感謝の心を持とう、我が子に向き合おうと思うようになりました。



息子は、自分の足で立ち、歩き、しゃべったり、食べたり、笑ったり、
できることがいっぱいあるのに、

その、ありがたみを忘れていたことに気づけたのは、マーと、
それから、ここ大事、 親の会のおかげです。




仏教の教えの中に「少欲知足」という言葉があるそうです。

先日、お寺にお参りしたときに住職さんから頂いた紙に書いてありました。

「欲を少なくして、満足することを知りなさい」という意味です。

それが自分の幸せにつながる1つの道なのだそうです。



マーは、その一生をかけて、とても大切なことを教えてくれました。

右がマーで、左が我が家の招き子猫です。

外に出て、疲れて帰って来た子どもを、癒しの毛づくろいをしているマーばあちゃん

これからは、この姿が私の目標です!

 マー、ありがとうよ!
   これでいいんだよね!