昨日の、散歩時のこと。
日も暮れて、暗くなった夜道を、きゅうりと、マ。と三人で散歩しました。
キャンベラの郊外、街灯だけがぽつん、ぽつんとある寂しい道の、向かい側の歩道で、じっと止まっている人影。
そのうち、その人影は、両手にスーパーの袋を提げて、ゆっくりと歩きだしました。
少し曲がった背中。億劫そうに一歩ずつ進める足。
少し先のスーパーで買い物をして、家路を急ぐお年寄りだったのでしょう。
スーパーの袋は、二つお持ちでしたが、どちらも袋の半分も荷物は入っていませんでした。
一目みて、わかりました。
重いから、持ちやすいように、わざわざ袋を2枚買って、分けて入れておられるのだな、と。
一瞬、手伝いを申し出ようかと思い、マ。にもそう言いましたが、「大丈夫でしょう、この辺は治安も悪くないし。」
そう言われて声をかけるのを止めたけれど、後で、断られるとしてもやっぱりお声だけでもかけてみたらよかった、と後悔して、今、ここに記しているわけです。
ここは、車がなければとても住むには不便な場所です。
それは、私が身を持って感じていること。
声をかけるのをためらったのには、もうひとつ理由があって、オーストラリアの方々は「なんでも自分でできるのが当たり前、できなくては恥ずかしい」と思われる風潮もあるので、手伝いを申し出て、「そんなにしんどそうに見える?」と嫌がられたら、と思う気持ちもあったのですが、それでも、それなら「大丈夫ですから」と仰るはずだし、、、、
もし今度お会いしたら、声をかけてみよう、と改めて思います。
今、実家の両親から「自分の将来をどうするつもりなのか」と(また)問い詰められています。
もう、私がこんな年齢になってもそうやって心配する両親も、あのお年寄りみたいに、体力は弱っているかもしれない。
何かあったら、すぐに駆けつけられる距離にはいない私だれど、せめてお近くの方には何かできることをして差し上げたい、と思う私です。