今日の覚え書き。
朝10時前、きゅうりを散歩に連れ出しました。
家の前のB通りを左に真っ直ぐ、13番地のおうちの隣の舗装していない路地を左に曲がって、Northbourne通りに並走する松並木のお散歩道に入った時です。
いつも通り、地面をふんふん忙しく嗅ぎまわるきゅうりに目をやっていた私は、そこに捨て置かれている、まとまったIDカードに目が行きました。
若い男の子の、写真入りIDカードの束。
一番上のカードが写真入りで、Secondary School と書いてあるのが見えました。
これ、学校のIDじゃない・・・?
しかも、一枚だけでなく何枚も。
きちんと重ねたまま、雑草だらけの土の地面に置かれていて、置いてある場所とその光景の異様さに目をひかれました。
お財布、盗まれて、IDだけ抜かれた、とかそんなことかしら?とちょっとドキドキしながら、触って指紋を付けない方がいいかも、と咄嗟に考えました。
ビニール袋にまとめて入れて持って帰って、届けた方がいいんじゃないかしら・・・
そんな時に限って、きゅうりのう○ち袋を持参するのを忘れているんですね。
「え、もう帰っちゃうの?いや、いや!」と嫌がって動かないきゅうりをずりずり引っ張りながら家に帰って、ビニール袋を持参でその場所に戻りました。
そのIDの束はそのまま、まだ置いてあって・・・・おそらくACT Government(オーストラリア首都特別地域、私たちの住んでいる州の自治体)の公園掃除の方らしき女性が二人、トラックで停まっておられました。
金髪もしくは色の薄い髪色で目の青い、または薄い色の彼女たち二人・・・おそらく20代後半でしょうか?は、工事に関わる労働者などが来ている、蛍光色のシャツを着ており、その内一人は、トラックのカーステレオからガンガン流れているR&Bの声、「FuXk fuxk fuXk...!」に合わせて、同じ言葉をくちずさんみながら、そこに集められた木々の枝をトラックに放りこむべく集めていました。
もう一人の方は、この彼女にだるそうに話しかけながら、作業を立って見ているところでした。
明らかにガラの悪そうな二人。
でも、この二人がこのIDに関わりがあるかどうか、一度訊いてみるべき、との考えが浮かんだので、質問しました。
私「すみません、お二人はここに置かれているIDに気づかれていますか?持ち主の方ではないですよね?」
一人「ちがうよ」
私「もし、盗まれたか何かだったらと心配なので、一応警察にリポートしようと思っているのですが」
一人「あ、そう」
私「どうもありがとう。では、よい一日を。」
一人「(聞こえるか聞こえないかくらいの声で)どうもー」
そんなやりとりをして、全く無関心な彼女達を背に、なんとなく腹立たしいような、またか、やっぱりか、という失望感を持って、IDを家に持って帰ってきました。
他人への無関心。
ここへ来てからとても強く感じる、キャンベラの「病気」のひとつです。
彼女たちの態度から、「知るかよ、勝手にしたら?」という意思が嫌というほど伝わってきましたので、「ええ、勝手にするわよ」と思いながら、帰りました。
(乱暴な言葉ですが、まさにこういう感じを受けました。)
題名の Heart of the Nation・・・は、ここキャンベラの車のナンバープレートに添えられている、州のスローガンです。
「キャンベラは、国民 / 国家の中心である・・・(または)心臓、心である。」
こんな「無関心病」が、国民の心なのでしょうか?
夜、マ。に相談して、IDを見てもらうと、彼は気にせずビニール袋を開けて、カードをベタベタ触って、確認しました。
Secondary Schoolの、期限が切れたIDが2枚。
クラブの?入場カード(?)、その他のスタンプカードらしきもの。
Woolworths の Everyday Reward Card(ポイントカード)。
年季が入っており、何年かは使っていた様子のものです。
そして、ACT Government で発行された、その男の子の「現場入場許可証。」
おそらく、一般の人が入れない場所に入ることを許可したカードです。
このIDには「拾った方はこちらへ電話を」との記述がありましたので、翌日、マ。に電話してもらうことにしました。
持ち主は、1994年生まれの若い男の子。
たまたまお財布を整理して、えい、邪魔だ!と思って期限切れカードなどをいっしょくたに捨てた・・・という可能性もあります。
10代の子ですからね。
写真がついていようが、気にしていないのかも。
でも、それまで使っていたであろう、Woolworths...キャンベラで毎日の買い物といえば、ここしか行くところがないくらいのスーパーのカードも捨ててしまっているところが、なんとなくひっかかります。
お菓子を買いに行くなら、ここでしょう。
また行くだろうに、ね。
真相はまだわかりません。
その子の気まぐれでポイッとほかして、なんでもなかった、ということになりますように。
私のお節介、心配症は、ここでも治りません。