今の状況を書いておく。

夫はアメリカ、私と子供は日本の実家にいる。
里帰りで日本に帰ってきたのだが、今までの夫の言動や私の経験から、
「このままアメリカに戻るのは母子共に非常に危険である」と判断したため、日本に留まることを決意。
夫にはありのままを伝えて、日本で話し合うことに。

しかし数週間後、夫が「日本には行かない」と言い出した。
そこから事態は悪化。

夫…
僕は君を愛しているし君の為に色々なことをがんばってきた。でも君はそういうことをしなかった。
僕はお金持ちじゃないから話すためだけに日本に行くのはお金の無駄遣いになる。

私…
アメリカでの生活に傷ついた。そっちに戻ることが非常に怖い。今は休養したい。話し合いたいなら、日本にいるから来てください。何ヶ月先になってもいいです。



今朝、メールが来ていた。
というか、もうカードが使えなくなったようだ。
子供のオムツなどを買っていたが、それもできなくなった。
そしていまだに上から目線。

「君が協力する気があるなら、僕はこの関係にもう一度だけチャンスをあげる。
でも、それをしないなら、僕は離婚の手続きを始めなきゃならない。」










息が苦しい。


2009年5月、渡米。

ずっと日本に残りたかった。
まだこっちで働きたかった。

それでも夫(当時は彼)はそれを認めてくれなかった。
「君の仕事はいつでもやめられる。僕を愛してるならいつでもアメリカに来られるはず。
それでも君は来ない。僕はとても傷ついている。」
ずっとこういわれ続けてきた。

私は仕事が大好きだった。
住んでいる町も、部屋も、友人も大好きだった。
あの頃の自分はとても充実していた。

月曜~金曜まで大手企業で仕事。
月・水・金曜は夜バイトをしていた。
そして火・木曜は友人と食事、歯医者、買い物。
土曜日は親友たちと六本木や西麻布で朝まで飲んでいた。
日曜日は昼過ぎまで寝て、起きたらいつも行く洋服屋に行き、そのあとジムで運動、夜は夫とスカイプをしていた。

平日の睡眠時間は4時間程度。
なかなか予定を入れられない日もあった。
それでも、毎日が楽しかったし、スタイルも維持できていたし、仕事もうまくいっていた。
稼ぎもたくさんあった。


渡米の日が来ることがとても嫌だった。
そのとき、夫はまだ学生だった。
そんな状態で一緒に暮らすなんて、抵抗があった。
せめて就職が決まるまで、日本で待ちたいと何度も言った。

でも。
夫がそれを認めるはずがなかった。
「僕は長い時間我慢している。こんなのは恋愛関係といえない。」

今思えば、不安を訴えている彼女の気持ちなんてお構いなしで、自分は母国でただ待つだけの男だったんだなと。
迎えに来ることもなく、急いで仕事を見つけるわけでもなく、気持ちを察するわけでもなく、

「好きだから、一緒にいたい。だから来て」という男だったんだと。
自分が動くわけじゃなく、相手にいつも動かせる。
あの頃からこういう男だったんだ。


渡米前日、本当にコレでいいのかと不安になっている私とは正反対に、
夫は一人浮かれ気分でテンションの高いメールがきていた。

私は嫌な予感がしていた。
6月は…
日本の運転免許取得。
ハローワークに登録。
車購入。

これくらいかな?

運転免許は2回目で合格。
難しかった…のかな?
日本はとにかく左に寄せなきゃならなくて面倒。

ハローワークには下旬、登録しに行った。
2年ぶりに働くんだけど、今はまだ仕事が見つかっていない。
いいお仕事が見つかるといいな。
専業主婦していたかったな。

車購入。
父の知人にお願いして探してもらった。
まぁまぁ気に入ってる。
どれくらい乗るかはわからないけど、これから私の足代わりになってくれる車。



夫とは進展なし。
というか、日本に来ると言っていたのにいつのまにかなかったことになってる。
電話やメールで話し合いたいと言われた。
5月に「どうして電話やメールではなく直接話し合いたいのか」をさんざん説明して、
夫もそれに納得しての来日決定だったのに。

夫は「僕は話し合いたいのに、君が協力しないなら、僕は仕方なく一人で決めるしかない」と言っている。
夫からメールが来ると、息苦しくなって、本当に精神的にきつい。