2007年5月4日(金) 米沢・山形その13
文翔館を後にして・・・旅籠町から大手町方面へ・・・。
国道112号線沿いに行きます。
道路拡張をするんでしょうかね。工事中です。
かっこいい酒屋さんもあります。
ここは山形城の三の丸城郭工事の時、起点と終点になったところだそうです。
水野家老は、明治維新の際、身を挺して戦禍より市民を救ったといいます。
近くには・・・。
その奥には・・・霞城東大手門があります。
その橋の下は・・・。
奥羽本線が走っているんですね。
そして、お堀もあります。
山形城二の丸東大手門です。
門をくぐると広場になります。
勇壮な騎馬武者の銅像が建っています。
従四位上左近衛少将出羽守最上義光。
最上氏は源氏の流れ、南北朝時代、奥州探題斯波氏の一族で、山形に入って後、最上氏を名乗ったのだそうです。
天文15年(1564年)、この地に生まれ、傾きかけた最上氏を再興。
慶長5年(1600年)、関ヶ原合戦の時には、徳川方に付き、会津上杉の米沢城主直江氏の襲撃に山形城で防戦し死守しました。
後に、庄内三郡、秋田由利郡も加え、出羽百万石となりました。
歩兵第32連隊の跡。
山形城を築いた斯波兼頼公の碑。
旧済生館本館。
旧済生館本館は、明治11年(1878年)、県立病院として建てられました。
三層楼と呼ばれていました。
明治13年、山形県の要請により済生館医学寮の教頭となり医師の育成をしました。
本丸復元工事を横目に県立体育館の側・・・。
二の丸南大手門跡から城外に出ます。
このまま真っ直ぐ、山形駅の方へ向います。
マンホールの蓋。
城南町の交差点を渡ると・・・。
酒屋さんの店先に、お酒の神さま???
真っ直ぐ行くと・・・大きな建物が見えてきます。
霞城セントラル。
地上24階、地下2階の官民複合ビルだそうです。
高さ115m。
県、市の施設やホテル、店舗が入っています。
待合広場には・・・。
あれ?日本一のいも煮会ってベンチも。
山形駅に行きますよ。
ずいぶん歩きましたねぇ~。
ってことで・・・。
前々からいただきたかったんですよ。
うははは・・・。
疲れも吹き飛びます。
米沢・山形その14へつづく。





























