2007年4月8日(日)
あれ?もう一週間前の話しになりますねぇ~。
なんだかんだで時の経つのは早いもので・・・。
途中、
東急多摩川線に乗り換えて・・・。
大田区田園調布本町となります。
住宅街の中にある駅です。
散歩したり、スポーツしたり、みなさん思い思いに楽しんでますね。
しばらく多摩川を眺めた後・・・。
再び、沼部駅の方へ戻ります。
すると・・・。
お寺の側に出ました。
この周辺は六郷領と呼ばれていたそうで、その土地の灌漑を目的に、江戸時代初期に幕府の代官小泉次太夫が作った農業用水路です。
徳川家康の新田開発の一環により、この六郷用水は慶長2年(1597年)から慶長14年(1609年)をかけ主水路をつくり、完成するまで14年かけたそうです。
六郷用水は明治の末頃に最盛期を迎えますが、大正時代には大田区の市街地が発展することにより生活排水路になります。
昭和30年頃には、水田は消え、
昭和40年頃には、上に蓋がされ歩道や車道になり姿を消します。
しかし、昭和50年代から、用水の改修などを行い、再び見直されてきたそうです。
この用水の横にあるのは、
このお寺の向かいにある横道・・・。
言い伝えによると、鎌倉幕府5代執権北条時頼が行脚していた時、病となったところ、井戸水を使ったことにより全治したそうです。
その井戸の一つが、この沼部にあり、雄井(おい)と言いました。
ゆえに、雄井戸(おいと)とがあった坂。
ちなみに、中原に雌井(めい)があったそうです。
坂には行かず、そのまま真っ直ぐ・・・。
旧中原街道だそうで、現在の中原街道は近くにあります。
中原街道は、随分以前からあったようで、徳川家康が江戸に入国する時にも使用したそうです。
江戸時代初期には、参勤交代でも使用されましたが、東海道が整備されたことにより、脇道として使用され、物資の流通、将軍の鷹狩などで利用されたとか。
ちなみに、平塚辺りからは東海道よりも短距離で、急ぎの旅人は近道に使ったそうです。
この先にあるのが・・・。
桜はほとんど散っているようですねぇ~。
両端がせり上がって、それを繋ぐ歩道橋がありますね。
桜坂は、旧中原街道の切通しで、その昔は沼部大坂と言われていたそうです。
勾配のきつい坂で、通る人たちは大変だったようです。
坂の名前は両側に植えられた桜に因むそうです。
歩道橋から眺めます。
時折、桜が散って行きますね。
散歩がてら?坂を見に来る人が多いですね。






















