2007年3月25日(日)
朝から大荒れの天気。
暴風雨がやっと収まったころ、ちょっと立ち寄り。
水上勉氏旧居跡。
水上勉さんは、小説家であり第45回直木賞受賞者。
38歳の頃、ここ松戸市矢切に住んでいました。
この頃、「霧と影」を執筆しています。
矢切宿の看板があるけど・・・名残は見つけられませんでした。
交差点を曲がると・・・。
松戸市のマンホールの蓋は・・・コアラ??
矢切の民家は、その昔、江戸川の側にありました。
しかし、宝永元年(1704年)、洪水のため高台に移住しました。
その時に、鎮守として京都から勧進してきた稲荷神社が、今の矢切神社となったそうです。
矢切神社の近くにあるのが・・・。
矢切周辺は、下総の国の国府が国府台に置かれて以降、争いの場となってきました。
北条氏と里見氏の、永禄7年(1564年)の国府台合戦では、ここ矢切が主戦場となりました。
この戦により、民衆も被害を被り、以後、「矢切り」、「矢切れ」、「矢喰い」と言い伝えられます。
江戸時代中期、二度と戦乱が起こらないように、この庚申塚や地蔵尊を祀ったそうです。
青面金剛を中心に、古くは寛文8年(1668年)に造られているとか。
この塚から、江戸川に向って行くと、国府台合戦主戦場跡。
さらに江戸川に出ると矢切の渡しがあります。
それは、いずれ・・・。






















