2007年3月16日(金)
ポカポカ陽気が続く東京も・・・先週の金曜日(3月16日)は、この冬初めての雪が降ったんですよねぇ~。
そんな日の千葉県でのクネクネ。
千葉県鎌ヶ谷市・・・。
鎌ヶ谷大仏駅。
この駅は関東の駅100選に選ばれている駅。
鎌ヶ谷大仏駅を出てると・・・。
その前を走るのは木下街道。
創建の時期は不明のようです。
ただ、東大寺の鎮守として広まった八幡信仰と、永承元年(1046年)、源頼信が八幡大神を清和源氏の氏神とし、源頼朝が鎌倉に幕府を開く中で八幡大神が崇拝された事を背景に、この地にも勧進されたようです。
百庚申は、天保12年(1841年)11月から13年(1842年)3月にかけ建てられたそうで、青面金剛像が10基、庚申塔が90基で構成されています。
これは、江戸時代後期から始まり、数量によって願う数量信仰によるものとか。
下総の地方を中心に流行したそうです。
鎌ヶ谷八幡神社の社殿。
さて・・・・・。
この鎌ヶ谷八幡神社の向かい側にあるのが・・・。
鎌ヶ谷大仏は安永5年(1776年)に、ここ鎌ヶ谷宿の大国屋文右衛門さんが先祖の供養のために江戸は神田の鋳物師に作らせたもの。
高さ1.8メートルあるそうです。
開眼供養の時には、約300メートル(3町)の琉球産の畳を敷き、僧侶50人で行ったとか。
再び鎌ヶ谷大仏駅の方へ。
延命寺を通り・・・。
木下街道は、奈良時代ころから「かしま道」と呼ばれていたそうで・・・。
下総の国では、淳和天皇の頃(在位823年から833年)、朝廷の牛馬を飼うために拓かれたそうで、下総小金の五牧が置かれました。
この辺りは、大結馬牧として、官馬を飼っていました。
その馬は、この街道を通り、都へ行っていたとか。
マンホールの蓋。
交差点を曲がります。
公園にコンクリートの塊が・・・・・。
鉄道連隊橋脚。
昭和初期に旧日本軍鉄道大隊が、訓練や物資の輸送のため建設した鉄道の一部だそうです。
千葉県にあった鉄道連隊が、鉄道を敷く訓練に使用していたそうですが、戦争後は放置。
京成電鉄が買い取ったそうです。
昭和21年(1946年)、新京成電鉄により路線の整備を行った中で、この辺りの線路は取り除かれ、橋脚だけになったとか。
新京成電鉄は、今の路線で、昭和30年(1955年)、開通しています。
ここに来るのに、道を間違えたんですけど・・・・・。
「ヒゲと口紅とバルコニー」のにっとさん
が以前、紹介されていた記事でココにたどり着きました。
どうもありがとうございます。


























