2007年3月15日(木)
北総鉄道は東京の東から千葉県の北西部を走っています。
今の終着駅は・・・
ここは、千葉県印旛郡印旛村です。
なかなかカッコイイじゃないですか。
この周辺は静かなもんです。
新興住宅地って感じなので、これから発展していく様相。
さて北総鉄道は・・・・・。
これから成田空港まで伸びそうな勢い??
印旛沼のマンホールの蓋・・・。
住宅地に沿ってひたすら行きますよ。
新興住宅地を抜けると・・・ここは木々が見れ、畑の広がるところ。
この近くの道端にひっそりと・・・・・。
八幡さん。
まっすぐ行きましょうね~。
どうやらサイレンを流す塔のようで・・・・・。
その一画には大きな木・・・・・。
そこには小さな祠が祀られています。
木の精霊なんか出てきそうですねぇ~。
だんだん木々が増えてきましたよ。
木々に囲まれた細道。
その道端にあるのは・・・庚申塔。
さて、この先にあるのが・・・・・。
奈良時代、聖武天皇の頃、天平17年(745年)、僧行基が開いたと伝えられています。
山門。
瑠璃堂。
瑠璃堂には、宇治川の合戦を描いた大きな凧が・・・。
瑠璃堂の隣りにある神社・・・。
この境内の一画に、大きな老木。
この老木の側にあるのが・・・・・。
松虫皇女之御廟。
松虫姫(不破内親王)は、聖武天皇の第三皇女です。
長く重い病に患っていましたが、不思議な夢のお告げにより、ここ下総に下向されました。
萩原の郷に祀られていた薬師仏に祈りをささげたところ、病気が治ったとのこと・・・。
聖武天皇は、たいそうお喜びになり、行基に命じて七薬師仏を刻み、寺を建立し、姫の名前をとって松虫寺としたそうです。
松虫姫は、病気が治ったあと、都に戻られたそうです。
それでは、なぜココに御廟があるのか???
都に戻った松虫姫は、異母兄の塩焼王の妃になりましたが、皇位継承にからむ藤原氏の争いに巻き込まれ、二度流刑となり悲運のうちに亡くなったそうです。
遺言により遺骨の一部が、再びこの地に送られ、松虫姫之御廟として祀られています。




























